雨降って……

 六月下旬。

 雨が降りしきり、傘が手放せなくなった季節。


「茜! 新刊の作業はまだなの?!」

「あ、ごめん。ついついゲームが楽しくって。あ、みて! レアアイテム見つけた!」


 茜の部屋で、苑子と千歳が同人誌の制作を手伝っていたわけだけれど……


「ついって、何なの……ついでするものなの?! 〆切間近なのに!? あ、ちゃんとセーブしときなさいよ」

 

「ゲームもいいけど、費用はどうするのつもりなの? 大学生三人人で用意できる額じゃないわよ」

「あ、それも大丈夫、うちの両親に頼んでみるから」

「いいわね、実家が金持ちって……。でもね、趣味でやってるんだから、私たちだけ工面するわよ」

「そのために、バイトだって始めたんだし」


「ところで、今から新刊二冊も用意するって? バッカじゃないの?」

「でも、描きたい内容があって……」

「いい、よく考えなさい。締切まで後何日?」

「二日……かな?」

「日付が変わって、もう明日になりました」

「…………」

「千歳、生き返って。死んだ魚のような目をしてるよ……?」

「それで、茜が今書きたい内容は?」

「三つ」

「増えてる? 増えてるよねぇ!?」

「二つが三つになろうが大した量じゃないじゃない」

「その根拠のない自信はどっからくるの……」

「と、ともかく寝ずに描いたら間に合うでしょ?」

「いいから何が何でも間に合わせるのよ!」


「なんで思いつきで取り掛かっちゃったの?!」

「いや、私もこの話描いてみたかったから。大丈夫被らせてはないから」

「だからって、企画書もプロットも用意しなかったら、こうなることは目に見えていたわよねぇ!?」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

「謝ってる暇があったら手を動かして!」

「で、どういうことがしたいの?」

「特に決めてない……」

「はぁ?」

「いや、ちょっとやりたいことがあっただけで……」

「呆れて何も言えねぇ……」


 慌てふためいている二人に対して、茜はなだめるような落ち着いた声で、素直な感想を口にした。


「でもね、私が迷いながらでも、楽しく創作ができるのは二人がいるからだよ。

 迷ったとしても、着地点を用意してくれてる。

 安心して、創作に打ち込める環境を整えてくれてる。

 一人で、創作していた時は、また違ってて……。

 だからね、私がいつか一人でこなせられるようになったら、そしたら……」


 屈託のない、他意のない、取り留めのない本音を茜は零す。


「そしたらね、私、また二人の漫画、読みたいなぁ」

 

「…………」

「…………」


 茜は気づいていた。

 あの日以来、二人が何も描かなくなったことを。

 でも、どうして、二人が描かなくなったのかまでは、気づきやしなかった。


 そんな二人は、茜が世間知らずで、身内意識が強くて、趣味で創作ができさえすればいいと、それだけを望んでいたんだから。


「大丈夫よ、茜。あんたは楽しそうにマンガを書いてくれてたら、それだけで、私は嬉しいんだから」

「私が雑務をこなしておくから、茜は心置きなく描くことに集中して」


 どっちがどっちの声に出したかなんて、もうどっちでもよかった。

 だって、今のこの時だけは、苑子と千歳は犬猿の仲ではなかった。

 ただ、紅坂朱音の作品を心待ちにする……世界にたった二人だけしかいない、紅坂朱音の大ファンだったから。


「紅坂朱音は、凄いクリエイターになるわよ。漫研のメンバーや、私や千歳でさえ、気軽に話しかけることができないくらいの高みを挑めるほどの」

「私は、ならないよ。だって、この三人でいいから。お苑と千歳の三人がいいから……」

 茜は、なりたくなかった。

 二人が話してくれないなんて、死んでも嫌だったから。

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