仲良きことは……

 数日後のこと。

 茜は漫研に原稿を持って行くと、漫研の同人誌には載せられないと言い渡された。

 あまりに周りとのレベルが違いすぎたから。

 もはやそれは、茜と……その他の同人誌になっていたから。

 そして、なにより他の漫研メンバーの創作意欲が削がれるから。

 途方に暮れていた茜は、大学内のベンチに座っていると、聞き覚えのある声が耳に入ってきた。


「茜! やっと見つけた!」

「申し込んできたわよ!」


 茜の目の前に現れた苑子と千歳は、気まずそうな雰囲気を一切見せず、むしろ茜の方が二人にどう接したらいいのか悩んでいるくらいだった。


「お苑に千歳? って、え? い、一体何を……?」

「浮世離れした世間知らずで箱入り娘なお嬢様には、ちょうどいい機会だと思ってね」


 先日の一件以来、そんな彼女たちの間に溝ができた……と思い込んでいたけれど、それは茜の杞憂だったことを思い知らされる。


「だから、一体何に……」


 苑子は茜の肩を掴むと……


「同人誌即売会に参加するわよ、茜!」

「そ、そくばいかい……?」

 

 あっけらかんとした茜が首を傾げる。


「えぇ、そうよ。サン◯リは、まだギリギリ参加申し込みを受け付けててね、私たちで勝手に申し込んできたから。茜に漫研は狭すぎる」

「え、えっ……?ちょっと私、何も聞いてない……」


 千歳がなぜか、活き活きとしていて、苑子と目を合わせて微笑みながら、律儀に説明を加える。


「そりゃ、言ってなかったし。それに、あんなものを魅せつけられちゃったらね……」

「なんで、そんな急に……。ただ趣味でやってて、身近な二人さえも喜んでもらえない、ただの自己満でしかなかったんだよ……」

「茜、あんたおかしいよ……」


 そうして、今最も茜に言ってはいけない地雷を踏みに行く……。


「なんでみんな、私のことをおかしいって言うの! なにか悪いことでもした!?」


 ただ、彼女が何をやらかしているのか、気付きもしていないで。


「だって、自分だけ満足したいって言ってるのに、私たちを満足させたいとも思ってるところとか。これって、ダブスタだよね」


 趣味のはずが、いつの間にか他者の反応を気にしていたのは……


「それは……」

「自分のために描かれたはずがない。それなら、そっと心の中にしまっておくはずでしょ? なのに、こうして自分で世界を創造して、表に出して、私たちに見せてくれた」

「それは、漫研の課題だったから……」

「その漫研に入部しようとしたのは、茜なんだよ。ただきっかけが欲しかったんだよ、自分を表現できる場所を求めてたんだよ」


 でも、茜には二人の取って付けたような理由なんて、ほんとはどうでもよかった。


「私は、ただ趣味の話をできる友達が欲しかったから。共通の話題があれば、話しやすいかなって……」

「そのためだけに、あんな作品を描いたの? バッカじゃないの?」

「それに、私たちは満足してないよ」

「ほら、やっぱり……」

「茜が、私たちだけを満足させようと思ってることにね」

「え……?」

「だから、苑子がペンネームを考えて、私がサークル名を考えた、茜のためだけのサークル」


 それでも、茜の作品が人の心を動かす何かを持っていたのだから。

 そして、その申込用紙のコピーを茜に渡す。


「紅坂朱音……?rouge en rouge……?」


 未だに目の前の出来事が把握できない茜は受け止められず戸惑いを見せ、それを苑子がフォローしようするけれど……。


「ごめん、もしかして嫌だった? ネーミングセンスが痛かった? 勝手に申し込んだことに怒った?」

「ううん。そんなことないよ、嫌だなんて思わない。痛いだなんて感じない。でも、勝手に申し込まれちゃったのは、ほんのちょっぴり驚いたけれど」

「ほんとに、それはごめん! 嫌なら、とりやめるから!」

「私が勝手に勢い任せに突っ走って巻き込んじゃったのもあるし、苑子だけが悪くないから」

「ううん、取り消したりしないよ。二人は何も悪くないよ……」

「なら、何なの!? ネーミングセンスが気に入らないようなら、今後変えてもらってもいいから。特に千歳が考えたサークル名は、語学のフランス語で習った単語をそのまま使うっていう安直さでさぁ~」

「苑子の方がよっぽどセンスないわよ。なんなのあの本名を当て字にした変えただけって、陳腐よ」

「よく使われてるでしょ!?」

「…………」

「だいたい、茜のセンスに合わせようとしたのが間違いだったのよ。私たち凡人がどう足掻いたって、敵いっこないってのに必死で考えて、結局無駄に……」

「無駄にはしないよ」

「ほら、無駄に……しないの!?」

「私はすっごく好きだよ、お苑が考えたペンネームも、千歳が考えたサークル名も」

「気休めのお世辞で言っても、もうどうにもならないわよ?」

「これでいい……。私には十分すぎるよ……」


 茜が求めていたのは、作品に対する反応でもなく、ほんとに些細なやりとり。

 ただの……何の変哲もない友達との他愛もなくて、つまんなくて、くだらないコミュニケーション。


 それだけで、もう、十分……茜の心は満たされていた。


「サンク◯、楽しみだね」


 この時の三人は、ほんとに仲が良かった。

 ただ身内だけで楽しんで、それだけで、よかったはずだった。

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