あかね色に染まる二人

「どう、かな?」


 茜も漫研のために用意してきた漫画をお披露目することとなったけれど。


「ちょっと、苑子。ページ捲るの早い」

「私は早く続きが読みたいの」


 先程まで上から目線な物言いだった茜に対して、二人は少なからず何様なんだと腹を煮え繰り返していたのはさておき。


「私、いままで趣味でやってたから、こうやって自分で描いた漫画を人に見せるのは初めてで……」


 目を泳がせて髪をいじり、気が気でない様子の茜は、ただただ二人の反応を気にしながら言い訳を並べ立てる。


「なんでページ戻すの、千歳ぇ?!」

「ちょっと気になったところがあるのよ」


 けれど、そんな茜の言い訳を、二人は気が散るから無視しているのか、集中したいから聞こえないふりをしているのか、はたまた、それらとは全く別の理由なのか……。


「二人だから見せられるっていうか……」

「………………」

「………………」


 やがて読むペースが徐々に合ってきた二人は、茜の漫画をただ黙々と読み進める。


「あ、やっぱり恥ずかしくなってきたから、読むのやめて返し……」


 そうとして、茜は二人から原稿を取り返そうと手を伸ばそうとする。

 それは、こそばゆい己が妄想を体現した痛々しい内容だったから。

 それは、人に見せられるような出来じゃないから。

 それは、誰かと比較されてしまうのが嫌だから。


 けれど、不意にその手が止まった。

 だって、自分のまだまだ拙い作品に引き込まれているのだと。

 まじまじと読んでくれているのだと。

 目が釘付けになってくているのだと。

 目に見えてわかってしまったから。


 そして、いつの間にか恥ずかしさよりも、なんだかとても複雑な心境になっていたから。

 だから、二人の邪魔をするのも憚られて……結局、行き先を失った手を引っ込めてしまった。


「ど、どうだったかな……?」


 茜は二人が読み終えたのを確認すると、この物語から何を感じ取るのか、どんな気持ちになって、どんな感想を抱いたのかを知りたくなって恐る恐る尋ねてみる。


「ねぇ、茜。聞きたいことがあるだけど、いいかな?」


 重くなっていた口を開いたのは、苑子の方だった。


「な、なにかな?」

「この話どうやって思いついたの?」

「あ、それはね。この前の新歓の時に言ったけど、フィールズクロニクルが大好きでね、そこから着想を得たんだけど」


 茜には多少なりとも、『面白い』と言われる自信があった。

 だから、苑子の感想……言っていいのかどうか怪しい質問は、茜が求めていた反応とは少し……いや、かなり違っていた。

 けれど、ぎこちないながらも嬉しそうに語り出す茜を尻目に、二人は真剣な眼差しで茜に何かしらを求めていた。


「ねぇ、茜。この画力をどうやって身につけたの?」

「見よう見真似……かなぁ?」

「は?」


 二の句が繋げない千歳は、固まってしまった。


「今までサークル活動とか報酬を得ての活動はしてたの?」

「いや、全然まったくこれっぽちもないけど」

「ペンネームは?」

「え、本名で活動しちゃまずいかな……?」

「制作時間は?」

「一日だけど……?」

「いや、待ってこの二○ページもある漫画をたった一日で……?」

「書き始めるとついつい楽しくなって、止まんなくてね。いつの間にか次々に話が浮かんで来ちゃってさ」


 畳み掛けるように茜へ質問攻めをする苑子が、頭を抱え始める。


「どっからどう見てもプロの領域でしょ、これは……」

「だから、お世辞でも私の漫画は趣味でやってることなんだから、プロの漫画家に失礼だよ……」

「はぁ? お世辞で言うはずないでしょ、それに私たちの漫画バカにしてたの?」

「そんなつもりは全くないって。ただ私は絵を描くのが好きで、お話を考えるのが好きってだけで……」


 二人の言い分は、ただの嫉妬も甚だしくて、目の前の現実を受け入れられないまま、現実を突きつけられて、逃避したくてもできず、苑子が素直な感想を口にしてしまった


「茜、あんたおかしい」


 そう、茜が自分以外の他人から言われた初めての感想は、『よかった』とか『凄い』とか、それこそ『面白い』とか……語彙力の低い直感的な感想ではなかった。


「………………」


 何しろ茜は、二人が何でそんなどうでもいい質問ばかりしてくるのか理解できなかった。


 だって、茜が求めていた反応は、『本当にフィールズクロニクルが好きなんだね』って、そんなとりとめのない……自分の好きな作品への感想だったんだから。

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