同族……

 そんなどうでもいい経緯もあり、苑子と千歳の二人がお互いの創作物を恥ずかしげもなく見せ合えるのは、先週のコンパでお互いの好みというか趣味というか性的嗜好しこうを暴露してしまったからで……なのかどうかはともかくとして。

 それぞれの趣味全開な作品を仕上げてきたのは、漫研が不定期(主に即売会で頒布するため)に発行している同人誌に新入部員も掲載することになっていたから。


「すっごく面白かったよ!」

「どっちが!?」

「……………」


 これでは収拾がつかないと判断し、間に入った茜が満面の笑みを浮かべて、二人の作品の選定……もとい反応というか感想を零したところだった。


「おそ」

「おっしゃあああああ!!! ほらみろ~、ほらみろ~!」

「……………っ」


 最後まで聞きもせず、一人浮かれて感情を露わにする苑子に対して、感情を押し殺して少し気落ちした千歳は、まるで死んだ魚のような目をしており……。


「千歳は怒っていいと思うよ……」

「…………確かに話は面白い。そこは認めざるを得ないところだけれど、それでも認めたくない。認めるわけにはいかない。こんな、こんな何も考えてなさそうな脳天気なやつに……」


 ほんとに、これは、ただの感情論。

 気に食わないから、性格が合わないから、調子に乗ってるから……。


「千歳……」


 そして、茜が千歳にはあだ名で呼んでくれないから……。


「お苑! まだ最後まで言ってないよ」

「え……?」

「お苑の漫画、これって恋愛漫画だよね? なんだかロマンチックで物語で、男のコはカッコよくて、それからヒロインは素敵で可愛くて、思わず読んでるこっちまでキュンとなっちゃうよ」


 だから、これはあくまで茜の感想。

 茜が勝手につらつらと述べている、何のとりとめもないただの感想。


「わかってくれる!? わかってくれると思っていたわ! 茜!」

「わかってないのは、お苑。あなたの方よ……」


 茜の声音は、どうしてか誰かを優しく包むようで、でも、決して誰かだけを庇うわけではなく……。


「茜、それ以上は、やめ……」


 弱気になっていた千歳は、茜が苑子に喧嘩腰なのを制止しようとするけれど……。


「この物語に登場している主人公の女の子、途中から登場したすごく可愛いヒロインにすごく嫉妬してる……」

「そ、そんなことは……!」

「だって、にじみ出てるもの。その女の子が可愛いって、とても魅力的で、自分にはないものをたくさん持ってて。だから、つい八つ当たりをしてしまってるだけなんだって……」


 だから、これも茜のただの感想。

 そんな苑子の頭の中を丸写しにしたような、恋に恋焦がれる女の子の妄想をただ形にしただけの……。


「それと、千歳の描くキャラクターはね、こんなガッチガチの理詰めで生真面目な性格してるのに、どうしてこんなにも可愛い女の子と、カッコいい男の子が描けるのかなって、人は見かけによらないね」


 それぞれのイメージを体現できる人物が目の前にいる女の子だからこそ、余計に苛立ちを隠せない……だけ。

 苑子の憧れる絵柄が千歳で、千歳の求める物語が苑子で。

 ただお互いがお互いの欲するイメージに、手が追いついていないだけ。

 その心象風景通りに出力できるほどの技術を持ち合わせていないだけ。

 どれだけ魂を削っても、他人の魂までは削れやしない。

 お互いが意識し合って、それが余計に空回りさせて……。

 だから、相性最悪。

 犬猿の仲で相容れない。

 犬がどれだけ猿になろうとも犬のままだし、逆もまた然り。

 そして、彼女たちの作品は、まるで鏡のように正反対だった。

 けれど、あわせ鏡のように無限の可能性も広がっているはずで……。


「お互い競い合うんじゃなくて協力しあって、お苑が話を考えて千歳が絵を描いたら、ちょうどバランスがよくなって……」


 この頃から茜はディレクターとしての片鱗を見せていたけれど、こういう指摘を実際にすると、『なんやねんこいつ』と鬱陶しく思われることこの上ないけど、今は気にしてはいけません。


「なんで私が好き好んで、こんな頭でっかちな千歳なんかと組まないといけないのよ!」

「こんな感情論で話を進める馬鹿丸出しな苑子なんかと組むとか、天地がひっくり返ってもありえないわね」


 それでも、今の彼女たちはまだお互いを貶し合うぐらい、本当にお互いのことをわかって……いなかった。

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