第5話 伊坂と理世

「篠田さん」


 コツコツ、と個室のドアをノックして、医師の中沢が呼びかけた。


「入りますよ」


 そう言って静かにドアを開ける。


 部屋のカーテンは開け放してあり、月明かりがベッドの理世を照らしていた。理世は、背中をドアの方に向けて布団にくるまっていた。


「理世」


 伊坂が声をかけると、理世は身体を伊坂と中沢の方に向けた。


「なんで来たの」


 抑揚のない声。


「理世が電話したから」


「……」


「篠田さん」


 中沢が割って入った。


「お二人で話されますか?」


 理世は答えなかった。だが中沢は、「じゃあ、僕は病室の外にいるので、何かあったら呼んでくださいね」と言って病室を出ていった。


「子供に会いに行ってないんだって?」


 伊坂はベッドわきのスツールに腰を下ろすと、静かな声で尋ねた。


「……」


「名前は考えたの?」


「……」


「理世」


「……なんでそんなこと聞くの? 本当は怒ってるくせに。私を問いただしたいでしょう?」


 理世は横たわったまま、冷たい視線を伊坂に向けた。


 今度は伊坂が黙る番だった。


 そうだ、本当は理世を問い詰めたい。なぜこんなことをしでかしたんだと。だが伊坂は人前で感情を出すことが苦手だった。本来なら怒ってもいい場面なのかもしれないが、そうするのはみっともない気がした。


「あなたのそういう、すましたところが嫌い」


 理世が言い放った。


「三時間おきに母乳を絞れだとか、赤ちゃんの頭とお尻に手を当てれば元気になるとか、そういうのも全部嫌い」

 こんなに感情的な理世を見るのは初めてだった。


 今は話をするのは無理だなと思い、中沢から頼まれたことを伝えた。


「中沢先生が、これから二人で子供を見に来て欲しい、って」


「……」


 理世は黙ったまま伊坂に背中を向けた。


 静かな室内に、時計の秒針の音がやけに大きく響く。


 何なんだ一体。


 電話で呼ぶから来たのに、無視か。正確には理世は「来て欲しい」とは言っていなかったが、あの電話はそういう意味だ。それくらいわかる。でもこの様子では、今夜はいくら話しても無駄だろう。伊坂は黙って席を立った。


 病室から一人で出てきた伊坂の様子を見て、中沢は「駄目だったか」と思った。父親に会えば、母親の態度が少しは軟化するかと思ったのだが、逆効果だったかもしれない。


 篠田ちゃんはとんだ両親のところに生まれてきちゃったなあ。中沢は小さなため息をついた。

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