第4話 理世

 理世は、瀬尾法律事務所の顧客企業の法務部員で、知り合ったのは六年前だった。当時、理世は三十二歳で伊坂は三十五歳。理世が務めるK商事で法的な検討を要する事柄があると、理世はメールや電話で伊坂に相談し、伊坂は対応をアドバイスする、という関係だった。

 

 理世は質問する段階で要点をまとめており、さらに説明の呑み込みが早く、伊坂にとっては仕事のしやすい相手だった。

 しばらくして会ってみると、電話の印象通りの理知的な女性だった。色白で日本的な顔立ちの美人で、肩に少しつくくらいのボブの毛先をゆるく巻いている。伊坂は好印象を持った。


 それは理世も同じだった。噂には聞いていたが、伊坂は独特の色気があってとても魅力的なのだった。


 誘ったのは、理世からだった。


「伊坂先生は、お付き合いされている方はいますか」


「いません」


 伊坂は答えた。だが、


「篠田さんは魅力的だしそういう関係になることはできると思う。でも自分は結婚に興味がないので、申し訳ないが将来に対して責任は取れない」


 と言った。


 理世は戸惑った。


 仕事では親切丁寧な伊坂先生が、随分突き放した言い方をする。しかしそれでも、伊坂の魅力には抗えなかった。理世は思った。


 将来なんてどうせわからない。だったら大切なのは今だ。


 そうやって、二人の関係は始まった。

  

 伊坂は、付き合う相手としては申し分なかった。高給取りの弁護士らしく遊び慣れていて、理世を退屈させなかった。

 理世も十分魅力的で、二人で食事に行くと、店員からよく「お似合いですね」と褒められた。


 二人とも基本的に激務で、仕事の合間に時間を見つけて会うことを繰り返しているうちに、あっという間に数年が経った。厳密にいえば、理世にとっては漠然とした不満を感じつつの数年だった。


 確かに伊坂は「自分は結婚するつもりはない」とはっきり告げたのだし、納得したうえで「それでもいい」と言ったのは理世だ。だが、一緒に過ごした時間が長くなるほど、いつまでたっても恋人止まりの自分は、伊坂にとって都合がいいだけの女なのではないかと、理世は惨めな気持ちを抱くようになっていった。

  

 伊坂がA市の仕事に関わりだしたのはその頃だった。


 A市の市長が伊坂の後輩だったこともあり、伊坂はA市の案件に献身的に携わった。元から多忙だったところに新しい業務が増えて、仕事は飽和状態になった。それでも伊坂は何とかこなしていたが、理世と一緒にいても上の空だったり、理世の部屋に来てもほとんど話もせずに眠るだけ、ということが続くようになった。


 そんな伊坂を見ているうちに、理世はだんだん腹が立ってきた。


 私はもうすぐ三十七になる。

 妊娠するには限界が近づいている。

 なのにこの人は相変わらず、自分のペースでしか物事を見ていない。


 そう思ったら、毎日きちんとピルを飲むのが嫌になった。


 子どもが欲しい。

 結婚できないなら子供だけでも欲しい。


 理世は強く願った。

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