第25話 素直と嘘つき
バタン!!!
「うぉ!?なんだ!?!…って、あぁ、レオンかびっくりしたぁーどうした?息上がってっぞ?」
僕は宿へ戻ってきていた。現状を一刻も早く知らせるべきと判断した僕はあの後もう一度キツナのスキルを使い、全速力で宿へ戻って来、全力で扉を開け放った。もちろん、驚いたレントとアカネの視線が僕に向けられる。
「ど、どうしたのレオンくん!?背中に変な子乗ってるよ!?」
僕はさっきの通り、カリンという地縛霊の元からユウヒを連れ出し逃げ帰ってきたとこだ。
まぁ、そんな事をアカネとレントが知っているわけもない。僕は息が切れてしゃべるのが難しい状態を落ち着かせようとどうにか呼吸を整えて話してみる。
「はぁ…はぁ、この子はユウヒ…はぁ、逃げてきた。」
「う、うん、そうか。色々端折り過ぎて何言ってんのかわからんぞ」
なんか走り過ぎて疲れたんだよ…。
「実はな…」
◇
「なるほど、そんな事があったのか。時間が全然経っていない気がするのは気のせいか?」
「僕が解りやすく説明したからだ、たぶん。」
僕はレントとアカネに外に出て何をしていたか、何が起きたか、ユウヒはどんな子なのかを懇切丁寧に話した。二人とも最初は笑っていたがユウヒを見て只事ではないと察したのだろう。後半になるにつれて驚愕の色の方が濃くなっていた。
「ぁ…ぃたっ!」
「あっ、ごめんね!染みた…?」
「ううん、大丈夫…」
話を終えた後、アカネはユウヒを椅子に座らせ救急箱に入っている治療薬でユウヒの傷を手当てしている。切り裂かれた様な後から打撃をうけた後まで、その傷は多種多様であるが、一概にそれは痛々しい。そんな思いをさせるような傷ばかりだ。
「ありゃひでぇな…レオン、これからどうするつもりだ?」
「僕らがしばらくユウヒと過ごそうと思う。栄養失調も目に見えてわかるし何よりも傷の手当をしなくてはならない。幸い金は出来たし…」
これからの予定を頭の中で組み立ててレントに話していく。だが、もう一つ。ユウヒとは別の問題も並行して解決しなくてはいけない。二人が生んだ溝は決して浅いものではないし、埋めるのにも時間がかかるだろう。
絶望的な現状は打破するのには時間がかかる。特に地縛霊ともなると下手に刺激してしまってはそれこそ最悪化してしまう。
「カリンも…僕がどうにかしなくちゃいけないんだ。動けない地縛霊が最悪、ただの悪霊と化してしまったら関係ない人に被害が及んでしまう。」
「どうするつもりなんだ?」
埋め尽くされた絶の知識を絞り考え込む。やる事が難しくなればなるほど、手持ちの札をどう使うか、どう上手く使うか悩むものだ。特に地縛霊ともなれば扱いが難しい事この上ない。刺激せず、ゆっくりと地縛霊という悪の領域から連れ戻さなければならない。
「一つだけ…方法がある……。」
一つだけ、僕の中に提案があった。
生きている人間では霊飼い術師とゴースト以外にゴーストは見えない。つまりレントやアカネでは無理ということだ。ここで残されたのは僕と僕の持つゴーストだ。
だが、男と言うある種刺激を与えてしまうような奴はこの提案においてはいらない…。
カリンを目視する事ができ、下手に刺激しない奴…それは…。
「……キツネに、任せようと思う。」
キツネ。化け狐の女の子のゴーストである。クレイプ森から仲間にして以来、彼女は無邪気で甘えん坊で、その場にいると空気を和ませる能力に特化しているということがわかったのだ。
だが、レントはしばし首を捻り考える。それも無理はないだろう。何せキツネは人間年齢でたった10歳より少し満たすかどうかなのだから、気を使うレントの気持ちも痛いほどわかるのだ。
それでも、レントは僕の意見を尊重してくれる。
「俺がどうこう言うこったねぇ。任せた、頼むぞレオン。」
「ああ、二人の溝を取り除く。」
僕とレントは、今一度口角をあげ互いの思いを分かち合う。
まずはキツネに了解を得てから、カリンのいる茂みの奥の小屋へと急ごう。
◇
大動脈から少し離れた茂みの向こうにその小屋はひっそりと、孤独と言わんばかりに建っている。
やはり、その小屋は小屋というにはいささかおかしい。ボロボロになってしまった朽木の壁も、ガラスが割れるに割れた窓淵も、傾いて風に煽られる扉も、全てがなんの役割りも果たしてなどいない。
もちろん、こんなおんぼろ小屋を見せられて驚かない人などいないだろう。なにせ、既に建っていることも不思議でならないのだから。
「ここだ…けど。」
無論、キツネの顔は驚きを隠せず目を見開いてぽかーんと口を開けている。
「うっひゃぁ…汚ーい。ボロボロだね!」
驚いていたのも束の間、キツネはすぐさま笑顔になりキャッキャキャッキャと喜びをあらわにする。
「気をつけろよ。何かされそうだったら言ってくれ。」
コクッと一度小さく頷く。
「あけるぞ。」
僕はドアノブに手を翳し、掴み引く。ギギギと耳に軋むような音がなり反射的に片目の目尻を上げてしまう。扉を開けた瞬間に襲ってきたのは、やはり畏敬な物が混じるに混じった匂いだった。
「わっ、くっさいよぉ……」
キツネが鼻をつまみ涙目になる。確かに、僕もあげた目尻がさらに細くなるのを実感する程にはこの匂いの嫌悪に同感する。
だが、ここで立ち止まっている程の暇もない。時間は刻一刻と進むように、僕らの状況も同じく刻一刻と変わっていかなければならないのだ。
「中は余計に匂いがひどい…」
僕はそんな悪態を口に含みゆっくりと歩を進める。外の明るさに反比例するかのような中の暗さは慣れるまでに数秒費やすほどだ。別段、影が近くにある訳でもないし、日の光も注ぐだろう。それを許さないのは、今しがた地縛霊の持つオーラというべき物のせいなのであろうか。
「臭くて悪かったわね。」
瞬間、声と共に黒い影が勢いよく近づいてくるのを感知する。僕はそれを反射的に避ける。飛んできた物体は薄い朽木の壁を貫き外へ飛び出した。
「あわあわあわ…ごしゅじぃいん、なんか飛んできたよぉ…」
「一瞬見えたがあれはトンカチだな、ヘッドが鋼鉄製の柄が芯入りの高いやつ。」
「あら?てっきりユウヒかと思ったわ。昨日のお昼に来た子ね。あら?そんな子いたかしら」
「あ…あぁ、こいつはキツネ。おまえと同じゴーストでさ、話し相手にでもどうかなって」
「私にそんな相手いるかもしれないけどもどうでもいいわ、ユウヒはどこ?」
またちぐはぐな事を言い出している…このままでは本題に入る前のプロローグで終わってしまう…。どうにかしなければ一生戻らないであろう。
「ユウヒは僕たちと一緒だ。君の事も聞いたよ。君の力になりたいんだ。」
「どうして?」
「きみを助けたい…」
「ユウヒを返して」
ダメだ…僕とカリンでは振り出しに佇んだまま一向に一歩目が踏み出されない。
「ぇ…とね。」
不意に、キツネが控えめに言葉を紡ぐ。
「キツネね…その…あなたの事聞いてね、少しお話したいなぁ…なんて、ダメ?かな?」
キツネは後ろで手を結び上目遣いで僕らを見る。目尻に涙を小さく浮かべているところがまさにベリーグッド。
「!」
「!?」
ここで少し可愛いと思ってしまって僕はアウトなのだろうか…いや、セーフだキツネは100歳だ。でも人間年齢は10歳ちょいか…いや人間じゃないから…セーフだ。
そんな果てしない葛藤を起こしていたのはどうやら僕だけではなかったようだった。
「…可愛くないわね、イライラくるわほんといなくなればいいのにそれよりユウヒ死になさいよ…でもこの子と…喋りたくない…しぃ…」
などと地団駄を軽く踏み頭髪を掻く別の葛藤を起こしている鬼が視界に入る。
「あぅ…キツネ、邪魔??」
「いや、天邪鬼って言ってな、思ってることと逆のことを言ってしまうんだ。だからほんとはキツネと話したいんだよ。」
僕の言葉を聞き、キツネはふにゃっと顔を綻ばせて笑う。そして小さな足を一歩大きく踏み出してカリンの手を握り大きく言葉を発した。
「キツネとお喋りして!!鬼さん!」
「お、お兄さん!?失礼ね!私は女よ!」
うん、うん、とキツネは大きく2度頷く。
うん。何も知らない無垢な子ほど怖いものも無いな。実感した。
「あなたのお名前は?キツネはキツネだよ!」
鬼のゴーストは困惑したような顔になっている。
「わ、わたし?カリンって言わないだけど。」
かなりゴッチャになっているのがわかる。天邪鬼は天邪鬼で大変そうだな。それに対して素直なキツネが満面の笑みで言う。
「よろしくね!カリンおねいちゃん!!」
「嫌よ。」
「え!?ふぇぇえ…」
キツネが涙目になる。今のカリンの表情は複雑だが心の中では喜んでいるからな。
「何がともあれ、成功だな。」
あとはユウヒだ。この二人の間には深い何かがある事を感じている。
「助け出さなくちゃな。」
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