第24話 天邪鬼
あざと傷だらけの少年の前には少女が立っている。少女はしばらくして僕の存在に気付き顔だけをこちらに向けてにっこりと笑った。
「あら、いらっしゃい。今日も曇天の晴天ね。」
一瞬、何を言っているのかがわからなかった。
いらっしゃいの意味も曇天の晴天の意味も、僕には理解しがたい言葉だ。
「なにを…しているんだ…?」
気になっていたゴースト反応は少女から感じ取れる。つまりはこの少女がゴーストだろう。それならこの男は?ここで何をしているのだ。
「この人は私の大嫌いな人よ。身体が悪そうだから…治療してあげてるのよ。大好きな人のために、傷をつけて治療をしてあげて怪我させて治してあげてるのよ。」
「な……」
何を言っているんだこいつは。
治療?傷だらけのこの少年を治療しているのならこの環境はない…それに、何よりも少女が手にもつ血が塗りつけられた鈍器…。どこからどう見てもこの少女が少年を怪我させているだけだ。
「私はこの子を大ッッ嫌いなの、大ッッ好きなの。ボコボコにして愛して愛して愛してしょうがなくて…嫌ってるのよ?」
訳がわからない。言っている事がちぐはぐでやっている事もおかしい。一体なぜここにいるのか。なぜこんなことをしているのか。
こんな状況でわかったのが、少年も少女、2人の頭には角があるということだ。つまり、鬼である。
今までの記憶を引っ張りだしてみる。するとわかったことがもう一つ生まれた。
「ノーエルの…亡霊…」
僕はその言葉を静かに口に含む。それはここに来る前に聞いた例の伝説だ。
「私はこの子が…だいっ好きなの!!愛してるの!」
少女は右手に握った血塗られた槌を振り上げる。その延長線上にはぐったりと、動く事のない少年が居た。
「やめろ!!!」
僕は反射的に床を蹴り走り出す。振り下ろされた槌が僕に当たることは確実となった。僕は左手で少女の腕を掴み攻撃を止める。
「なにをしているの?私を守っているの?」
「守ったのはこの少年だ!!君のやっている事は愛などではない!ただの無差別な暴力だ!!」
僕のあげた怒号に気付いてか、今まで黙っていた少年が静かに口を開く。その目は虚ろ虚ろで、今すぐに治療をしないといけないレベルの怪我を負っていた。
「だれ…?危ないよ……?帰って…。」
今にも消えそうな吐息と言葉。
「おいっ!お前!しっかりしろ!」
僕は少年の元に駆け寄り話しかける。
だが、少年は虚ろな目をしたまま反応を示さない。
「ここに居たら死ぬぞ!此奴は危険だ!」
「いいの…僕が悪いから…」
「っ!!」
僕は少年の言う事を無視し少年の身体に触れる。
「キツナァッ!!」
悲鳴にも似た叫びを僕はあげ化け狐の剣士、キツナを呼び出す。声に呼応しキツナが現れる。
「スキルだね…まかせて…!」
「あぁ…っ、スキル!物質軽化、自己軽化、筋力倍加!!」
叫びスキル名を解放、触れている少年の身体は軽く持ち上がり、自分の身体は軽くなる。
「まっ…!?なにするの!?」
少年は驚き声をあげる。僕はそんな声も無視して走り出し小屋から勢いよく飛び出る。
少女はそんな僕を追いかけるも伸ばした手は空を掻く。
「待って!!私の大嫌いな人を殺させて!!」
少女は何かを叩くように拳を振るう。これを見て僕の記憶にもう一つあるものを思い出させた。それも考えたくないタイプの悪霊だ。
「くそ…厄介だな、地縛霊かよ…。」
地縛霊。悪霊の中の悪霊である。時間が経つにつれて霊力は強くなり、やがては無差別に来た者に取り憑き自を殺すだろう。
しばらく走り、ノーエルの大動脈まで戻ってきた頃である。僕は息を整え、少年に話しかける。
「君の名前は?あそこで何をやっていたんだ?」
少年は一度大きく肩を上下させて唇を噛む。一体、あの二人には何があったのだろうか。しばらく黙り込んでいた少年は、やがて静かに言葉を発した。
「僕の名前は…ユウヒ……」
ユウヒ…。ユウヒと名乗った少年は未だ何かに怯えているかのように小刻みに体を震わす。
「あの女の子は…?一体どういう関係なんだ?なぜあぁなってしまったんだ?」
その問いの返事にも、また数秒間俯いたまま喋らない。
「僕は…君を助けたい…」
「……」
その言葉を発した瞬間、ユウヒは顔を上げて目を見開く。数秒僕の顔を見つめた後、また静かに口を開き言葉を紡いだ。
「あの子は……カリン。僕のパートナーのゴーストであり……僕が殺してしまった…大好きな…お姉ちゃん…。いつからか、言っている事とやっていることがちぐはぐになってしまい…何かが狂ったんだ。そんなカリンの状態を……分類名で、天邪鬼(アマノジャク)。」
「……天…邪鬼……」
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