第15話 100年間の凍った記憶


「おい!!お前!!聞いてんのか!!」

 僕がキツナを沈黙させて数分。このまま寝かせていざ目を覚ましたら危険だろうという事で僕たちはキツナをロープで縛ったのだが・・・

「おい!!なんだよこれ!!解けよ!!ふざっけんなよ!!」

 こいつ・・・めちゃくちゃ五月蠅い・・・

ちなみにレントはというと、いつの間にかケロっとして僕の隣に立っている。一瞬何が起きたのかわからなかったが、レント曰く、非科学的能力者は治癒能力も使えるらしい。

「解く訳ないだろ危なっかしい・・・そこで黙ってろよ。」

「グルルルルルル・・・!!」

 なんか獣見たいな声でうなり始めたキツナは置いといて、僕らは次にやるべき事を整理していく。

「アカネの援護だな・・・」

 少しダメージを受け、痛みが滲む体をどうにか動かしてレントとキツナを連れていく。あのキツネという少女、おそらくランクはあの鬼火からみてBランクぐらいだろう。アカネもBランクだからおおよその能力の力は五分五分のはずだ。

 走りながら戦っていたのだろうか。脇に生える樹木には切り傷のようなものから焦げた跡までさまざまな傷痕がついている。草木を掻き分け汗で貼りついた前髪を風に流す。

 もし、アカネが大怪我を負っていたらどうしよう・・・もし、もし・・


 最悪の事態になっていたら・・・

 

 そう思い始めると悲劇妄想の連鎖は止む事を知らずそれどころか徒に増えていく。レントもそう思っているのか、僕らが前へと出す足は徐々に早くなっていくのがわかった。

 そうしたまましばらく走り続けたころだろう。広場のようなところに出た僕等は『心配して損した』と言わざるを得ない場面を見る事になっていた。

「わはっ!すごいすごーぉい!!!どうやってやってるのぉ!?」

 僕らは今、信じられない物を見ている気がする・・・・

「これはオネーサンの能力なのです!どう?気に入った?」

 僕らが見た光景。それは、広場の中央に聳え立つ立派な砂のお城を宝石のように目を爛々と輝かせてみているキツネ。と、それを作ったであろうアカネが慎ましい胸を張って自慢しているところだった。

「なんだ・・・こりゃ」

 レントが呆けた顔でそうつぶやく。

「僕も・・わからない」

 同じく僕も間の抜けたような声でそう呟いただろう。ホントに信じられない物をみているような感覚だ。

 だってそうだろう。数分前までは敵同士だったはずのキツネとアカネは今では仲良く砂遊びをしているのだ。疑いたくもなる。

「何やってんだ・・・アカネ」

 ボクがそう言ったところでやっと僕らの存在に気付いたらしい。笑顔で数秒固まっていたアカネはだんだんと赤くなって驚いて恥ずかしがっていた。

「な、なに?!ちょっと!入る時はノックしてよね!!?」

「いやいやいや、ノックする場所ないし・・・」

 相当テンパっているようだ・・・後ろのキツネはいまだ興味津々といった様子で繊細に表現された砂のお城を眺めているようだった。

「ていうかアカネ、戦闘は・・・?」

「キツネちゃんが可愛すぎるからやめたわよ!てかレオンくん!なんでその子縛ってんの!?可哀想でしょ!!!」

「こっち真面目に戦ってたんだぞ!?レントとか大分ダメージ負ったんだぞ!?」

 なにが起きたらこんな事になるのだろう・・・これが男と女の違いなのだろうか・・・やっとお城の鑑賞会がおわったのか、キツネが僕らの会話に入り込んで声をあげた。

「あれ!?キツナが縛られてる!!」

「そうだよ!!こいつらに縛られたんだよ!!助けてくれよ!!」

 わたわたとあわてふためくキツネはやがて何か得策を思いついたかのように頭に「!」を浮かべたような表情になり、なにやらキツナの方を凝視し始めた。

「ん~~~~~!!!」

 しばらく縄の方を見つめていたキツネの目は暗くなる。そして、その瞬間にキツナを縛る縄に紅蓮の炎が噴き出した。

「おぉ!すげーなこりゃ!」

「ああ、使えそうな能力だな。」

 そう感心してるのもつかの間、ブスブスと言い始めた炎と同時に、キツナが悲痛の叫びをあげた。

「あぁああぁあああぁああああああぁあああぁあぁぁぁぁぁあああああ!!!」

 森中に轟く悲鳴。なにが起きたのかと一瞬おどろいたが、少し冷静になってみると・・・焦げ臭いことが分かった。

「あっづぅぅうううぅうううううううう!!!アヂヂヂヂヂ!!キツネェ!!止めろぉ!!あついぃ!!あつすぎるぅ!!!キツネェェェェエエエ!!!!」

 焼けている・・・化け狐ならぬ焼け狐・・・じゃなくて!

「おいっ!!とめろ!!!」

 とりあえずこのままじゃ可哀想なので狐に止める旨を訴えかける。

「とめかた・・・しらない・・・」

 キツナは涙をこぼしながらそういう。そうか・・能力というのも結構不便なんだな・・・じゃなくて!!!

「メイト!!どうにかしろ!!」

「えぇっ!?さすがに雷で炎は消せないよ!?」

 だよな・・・いくらメイトでもムリだよな。

「私が何とかする!!!」

 アカネがそういって僕の前に躍り出る。何をどうするのかはわからないがこうなってしまっては使える手は使うべきだ。たとえその代償にキツナが焼けていこうとも・・・

「粉塵操作!!小麦粉!!」

 小麦粉・・・?

「でやあ!!!」

 なにやら盛大な掛け声をかけているがやったことはキツナに向かって小麦粉をぶちまけただけだ。

 ていうかそんなんで消えるわけ・・・


 シュウ・・・


 消えた・・・なんで・・・

「小麦粉みたいに固まる粉はね。燃えてるとこにぶつかると固まって酸素を遮断するから炎が消えるのよ。」

 なるほど・・・勉強になったな。とりあえず炎が消えたから安心だろう。キツナは横たわったまま動かないが。

「おーい、ガキ。大丈夫かぁ。」

 レントが木の棒で少し焦げたキツナの服を突っつく。キツナはうんざりした様子でしゃべった。

「うるさいなぁ・・・お前らのせいで散々だよ・・・」

 やがてキツナは体を起こし、出会った時のような暗い表情になる。

「わかったよ・・・俺らの負けだよ、通れよ。でも、俺らがここにいる事を誰にも言わないでくれ。どうせ・・・喧嘩腰になるんだから・・」

 そうか・・・こいつらはただ寂しいだけだ。それもそうだよな。幼くして殺され恨みを持って戦い続けた100年間だもんな。そんな冷たい過去をぬぐえるとは僕には到底思えない。でも、少しでも、その凍った過去を消せるのなら僕は・・

「君たち、僕の仲間にならないか?」

 だから僕は、こいつらを少しでも温めてやろう。

「は?なんでお前らなんかと・・・」

「なんかさ、勿体ないんだよ。確かに恨みもあると思うしそんな奴と居たっていやかもしれない。だけど、僕らはそんな人間じゃない。そんな人間ばかりだとは思ってほしくない。」

「知ってるよ・・・」

 ボソっとキツナは小さな声を漏らす。

「え?ごめん、もう一回。」

「やだよバーカ!!お前らなんか大嫌いだ!大嫌いだ・・・でも・・・」

 キツナは続けて言葉を発する。しおの言葉には少し輝きが戻ったかのように思えた。

「キツネがあんなに笑ったところを見るの、100年ぶりだぜ!!」

 そういって、おそらく100年ぶりであろう笑顔をキツナも顔に浮かべる。そこには少年があるべき、無垢で無邪気な笑顔だけがそこにはあった。

「けっ!素直じゃねぇガキだ!!」

レントが笑いながらキツナに突進していく。

「おい!なんだよツンツン!はなせよ!!」

 そんなやり取りを見て、僕の口元からも笑みがこぼれるのを僕は感じた。

昨日の敵は今日の友というのは、まんざら間違いでもないのかもしれない。まぁ、まだ一日も経ってないが。

「この森を抜ければ次は西の街カサンドだ!!そして目指すは南の街、カルデラだ!!皆、行くぞ!!」

「「「「おーーーーーーーーーー!!!」」」」」

 初めて出る世界。初めて見る街。僕らはどんな世界が目に飛び込んでくるのか。そんな無邪気な考えを持ち、続く深緑の世界を歩いて行った。


  ◇


 ~西の街:カサンド~


「ごぁ・・あ・・・が」

「おいおい、そんなもんで終わりとかシケタことねぇよな?えぇ?」

 風が吹き荒れる。何方向からも集まるように吹くその風はどう考えても自然の起こす風ではない。これは完璧に、異能者の持つ能力だった。

 それを起こしているのは白髪にうっすらと黄緑色がかかった青年だ。その前髪は長く、表情こそは見えないが、ただならぬ殺気があふれている事は人がいれば誰でも感じ取れるものだっただろう。

「何とか言えよォ!!ポンコツがぁ!!!」

 その青年は右手を軽く薙ぐ動作をする。

これだけだ。たったこれだけの動作で青年の前に倒れている生物は真っ二つになり、切れきれの断末魔の叫びとともに絶命した。

「ッチ、鬼もここまでカスになっちまうとアリつぶしと同等だな。あーつまんね。飯食いにいこー」

 青年はその白いスニーカーのつま先で鬼の死骸を三度、足蹴にして去って行った。

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