第13話 遠い記憶の逆鱗
「これ以上、俺らの世界に入ってこないでよ。」
その言葉を聞いて僕たちは凍り付いたかのように体が動かなくなる。ついでやってきたのは長い沈黙だった。いや、僕だけが長いと感じたのかもしれない。ただ、そんな沈黙を破った化け狐の少年の言葉は鉄のように重く、冷たかった。
「今すぐ、ここから消えてよ。」
そういう少年の目には光がなく、ただただ空を仰いでいるように、または何かをあきらめているように立ち振る舞っている。隣に立つ長髪の少女は下を向いたままで表情までは把握できなかった。
「き、君らは・・・ゴースト、なんだよね?」
アカネが化け狐の二人に向かって質問する。その問いに答えたのは少年のほうだった。少年は冷たい視線のままその質問を答えた。
「俺らは、ゴーストだ。そんなこと、自分でもわかってる。俺達は人に見つからないように生きてるんだ。」
そう言葉を紡いだ少年は、ふと押し黙る。そこから先の言葉はどう願っても出てこない。次に言葉を発したのは隣にいた長髪の少女だった。
「見られたら・・また人に痛いこと・・・されちゃう・・・キツネ、キツナと居たい・・・。」
少女の口から出た「キツネ」という名前、それがおそらくこの少女の名前だろう。ということは、「キツナ」というのが少年の法の名前になる。
「君たちには、何が起きたんだ?」
そうだ、痛いことをされる。つまりこの子たちは不幸による死ではないことがわかる。されたという事なら、すくなくとも何者かによって殺されたという事だ。おびえているキツネの目をみれば誰もがそう思うだろう。そしてキツナ・・・少年の方の眼光はいままさに憎しみの光で鈍いている。
「俺らは、人間に殺されたんだ。元々化け狐というのは静かな所で暮らすようなおとなしい種族なんだ。集落も人里離れた山奥にあるんだっ。だけどある時・・人間に集落が見つかってしまった。化け狐の村は、人間によって壊された。焼き払われ、仲間が斬られ、死んでいく仲間の顔を・・・俺は忘れない!!」
少年の目は憎しみの色から怒りの色へと変わっている。こんな10歳前後の素直な少年の目にこれほどの感情を乗せる事ができるのだろうか・・・。
「あの時に見た・・焼けただれ血を流し死んでいく仲間の顔を・・・お前たちが見たら忘れられるかぁぁああ!!!」
キツナは憤怒の表情で腰の剣を抜く。シュラァン・・・という小気味の良い金属音を奏で抜き取られたその剣は、僕らがいままで見てきた剣とは全く別物だった。
その剣には反りがかかっており、刃が片方にしかついていない。前に一度、片刃剣という鉈のような剣を見たことがあるが、それともまったく違う形をしている。刀身が既にキツナの背丈近くにもなるその剣は命を狩るものの色をしていた。
「俺らが死んだのは百年も前だ!一度は勇気を出して人間の住む町まで行ったことがある。それでも・・それでも俺らは消されそうになった!!霊飼い術師のせいでだ!お前も霊飼いならわかるだろ!!ゴーストに憎まれてることくらい!!」」
轟っ!!!
まさしくその文字通り、風を切りながらキツナの剣が僕の体を断ち切ろうと猛威を振るう。斜め上に切り上げられたその切っ先を僕は寸での所で身をかがめて避けるが肌を裂きそうな風につい顔をしかめてしまう。
だが、僕の後ろに木があったことは幸いだろう。剣は木に刺さるとその動力は失われる。これだけの力で刺さったなら、尚更抜くのにも時間と力が必要だろう。
僕は「いまだっ!」と声を押し殺して地をける。だが、ここでも僕の予測をはるかに上回る現象が起きた。剣は一度、確かに木に刺さったのをみた。だが、あろうことか少年はそのまま体を捻らせて再度斬撃を放つ。その切っ先は野太い樹木を簡単に切り裂き僕の元へ飛んでくる。
「っち・・・メイト!!」
刹那、赤い電網が僕を包み込みキツナの剣と交錯し合う、二度の火花をあげ、少年の体を進行方向と逆方向に飛ばされた。
「大丈夫かいご主人くん。」
ユラァと背後から現れたのは赤い髪に紅い目、朱い服を身にまとった長身の男性だった。その顔はいつも余裕のあるにやけ顔だ。
「助かったよメイト、ありがとう。」
だが、ゴーストに助けられた僕を見て、キツナはさらに激昂する。
「お前・・・なんでゴースターなんかと!!人間なんかと!!いるんだ!」
「理由がいるのかい?」
即答。迷いがないその即答ぶりがキツナの感情を更に逆立てた。
「お前も・・・お前もいなくなればいいんだぁあ!!」
キツナは怒気をその鋭い刀身に込めて突進してくる。振りかぶりからわかるその重い一撃は僕に当たる事はなかった。
突如、光り輝く矢がキツナの体に直撃する。キツナの体は文字通り『く』の字に折れ曲がり、近くにあった木に当たり崩れ落ちるように沈黙した。
「二重魔法陣、衝撃の矢(インパクト・アロー)。」
攻撃を繰り出したレントは口元に微かな笑みを浮かべさせ、言葉を紡いだ。くるくると回る魔法陣がやがて役目を終えてすぅっときえていく。
「これでこいつは終わりだな。」
「ああ・・・あれだけの衝撃なら・・・」
推測でBランクにほど近いだろうキツナを撃破してアカネのいるほうへ向かおうとする。
「まてよ・・・」
瞬間、静まり帰った森に一人の少年の声が響き渡る。誰の声かは言うまでもない。キツナの声だ。
「げほっ!げほ・・ごぽっ!」
キツナは口から血泡が吐き出される。短い草の地面に落ちた血はまるで華のように咲き、キツナはそれを踏みにじった。血を吐こうとも、いまだキツナの目には怒りの色が浮かび上がっている。
「邪魔を・・するなぁ!!」
キツナの右目が茶色から緑色へと変色する。僕がメイトを宿したときのように目の色が変わっていく。キツナは怒号を含めて言葉を続けた。
「剣士スキル1!身体軽度!!!」
キツナの左目が茶色から青にと変わる。
「剣士スキル2!物体軽度!!!」
最後に、キツナがひときわ強く言葉を発したと同時に両目が燃え盛るような真紅へと変わった。
「剣士スキル3!!筋力倍加ぁ!!お前らなんて・・っ!消えてなくなればいいんだぁああぁあ!!!!!」
キツナは先ほどと同じように地を蹴った。だが、あきらかにさっきのような突進ではないことが一目でわかる。
見えなかった。
驚異的な視力を持つ僕でさえ呆気を取られるスピードだったのだ。目視できないほどのキツナの突進。30mは離れていただろう距離を、まるで光の速さと見間違えるようなスピードでキツナは駆け出し、次の瞬間にはレントの前に立っていた。
「お前からだよ・・・ツンツン野郎。」
「ガハッ!!!!」
早すぎる。一瞬で起きたその出来事にレントは声を出す間もなくキツナのその剣を思い切り脇腹に喰らった。少し離れていてもいわかる不快な音とともにレントは飛ばされ、沈黙した。
「仲間を殺した、キツネを傷つけた人間を俺は、ゆるさない・・・っ」
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