第12話 クレイプ森


 市場で買い物を済ませた僕たちは、クレイプの森に向かって歩を進めていた。市場を出るときは傾いて涼しい日差しをさしていた太陽も、いまでは打って変ったかのように真上へと昇り、熱くなった日差しが僕らに降り注いでいる。

 まだ春先というのに、真上から照り付ける日光と慣れない外の世界の飛び出しに足を持っていかれ、額には玉のような汗が見え始めている。僕らは夜までに森を抜けるべく、短い草が絨毯のように広がる野原を歩いていた。この野原では今のところ、脅威と思えるような生物はまだ見かけていない。動物はちらほら見えているものの、そのほとんどが野ウサギやリスといった小動物ばかりだった。最初は簡単にぬけれるだろうと思ったが、実際歩いてみると散々な目にあってしまった。まず、おもったよりも広い。無駄に広すぎて疲れている。次に地面だ。短い草だけで歩きやすいと思っていたが、案の定、裏切られた。道中ぬかるんでいるとこもあれば、岩といった突起物があり、足元を掬われている気分だ。

「はぁあ~・・・思ったよりきついな・・・これ」

 隣のレントも盛大にため息を吐き、疲労の言葉を口にする。その隣で歩くアカネは、文句こそ言わないが肩で息をしている。完璧に皆に疲労が見えていた。

「もう少しで森に入るな・・・」

 僕は目の前に広がる光景を一瞥する。近くで見ると改めてこの森の巨大さがわかる。ホントによるまでに抜けれるのかが不安になってきていた。

 僕らは昼食はとらない。市場に出るときに買っておいたチョコレートを割って食べ、また歩を進める。食事という食事は夜のみになっている。お金は圧倒的に足りないし、宿の事を考えると無駄な出費は押さえておきたいし、それこそ削れる分の食事は削らなければいけない。

 そんな事を考えているうちに、僕らは森が目と鼻の先にあるところまでやってきていた。皆と一度顔を合わし、意を決して入っていく。

 ただ、考えていてふと思った。

僕らは何のために旅をしている?こんな危険な場所に足を運ぶより、よっぽど遊んでいたほうが気が楽だ。妖怪なんて倒しても無限に出てくるだろう。

 僕らはただ、表の世界という明るい社会の発展のために、命を懸けて消えない敵を殺しているだけだ。妖怪という不純物を入れないように掃除をしているだけだ。

 そんな事をして、僕らになんの得がある。表の世界とは、命を捨ててまで守る価値があるものなのだろうか。絵本でみた、おとぎ話のような楽しい世界なのだろうか。

 それなら、僕は行ってみたい。知りたい事も山ほどあるんだ。いつか、表の世界に行けて、僕らの住む裏の世界も発展させていきたい。それなら僕は、この世界の妖怪を倒し、害のない、安全な世界に変えていきたいんだ。夢のような話だし、希望論だし、机上の空論かもしれない。それでも、世界を変えるには誰かが動かなくてはいけない。それなら僕は、待つ側ではなく、自分で動き出したい。

 そんな事を考えていると、僕らは素手に森の中へと足をいれていた。いままで鬱陶しいくらいに僕らを照らしていた日光は高い木々の木の葉に遮られ、なんとも心地よい温度が汗で滲んだからだをそっと刺激した。薄暗い空間に生える木葉の隙間からは時折ちろちろと光が差し、幻想的の一言に尽きた。

 そんな空間を見つめ続けて数分間、僕らの口からでた言葉はなんとも子供っぽい言葉だけだった。

「ほぇーー、きれいだなぁ。」

「幻想的で綺麗・・・」

 レントとアカネはそんなことをいう。

確かに、僕らがいた場所では見る事が出来ないほど美しい空間だ。そこだけ激しい外界の空気から隔離されたようにゆったりとした時間が流れている。何者にも弾圧されない。僕はこの不思議な空間がなんとも心地よく感じた。

 さらに森のなかを歩いて数分、僕らの感嘆の声は、徐々に悲鳴に変わっていった。それを先に発見したのは僕だった。

 はるか奥のほうで、赤い玉がゆらゆらと静かに揺れている。この深緑の世界で赤く揺らめくそれは、なぜか危険の予感しかしなかった。

 その玉は、膨らむように徐々に大きくなっていく。そこで気づいた。最初はなにかと思っていたそれは、少しづつ近づいてきていることに・・その姿は僕にある一つの記憶を呼び起こした。

「レントォ!!!アカネェ!!!伏せろぉぉぉぉおおおお!!!」

 喉がはち切れんといわんばかりの大声を出す。間違いない、これにあたってはいけない。これは・・・"鬼火"だ。

「なっ!!?」「キャア!!!」

 刹那、耳うるさい爆発音をまき散らし、熱と衝撃波が僕の体を包み込む。息苦しくなったのも束の間、植物にも燃え移ったはずの炎は一瞬でその姿をけし、変わりに焦げたような黒い跡だけをのこしていた。

「レント!アカネ!大丈夫かぁ!!」

 鬼火が爆発時に起こした白煙のせいで周りの視界が確保しにくくなっている。

「こっちは二人とも大丈夫だぁ!!」

 少ししてレントの声が聞こえる。よかった、二人とも無事らしい。白煙がおさまってきたのを確認し、レントとアカネの所へ駆けていく。二人とも外傷はない、無傷だった。

「レオン、ありゃあいったいなんだ。」

「発火系の能力だ・・しかもこれは天性のもので天職の物じゃない・・・鬼火だ。間違いなく妖怪が放った技だろう。」

 鬼火を使える妖怪となると種類は限られてくる。鬼火の名の通り酒呑童子(鬼)の類だろう。

「見たところ威力は高めだけど、冷静に対処すれば命を落とすような攻撃でもない。」

「わかった、俺が先陣をとる。レオンたちは案内役的なのを頼むぜ。」

「大丈夫なのか・・・?」

「おう!非科学的能力者は防御決壊がはれるんだ。俺が決壊を張って攻撃をふせぐ、その間に距離を詰めていこうぜ。」

 レントは自信満々といった表情で言う。たしかに、防御決壊が晴れる奴程頼もしいものもない。

「そうか、なら、頼むぞ。」

「おう!俺に任せとけ!!」

 レントが腰に括り付けてたホルダーから一冊の本を取り出す。非科学的能力者が能力を使う際に用いる、魔導書と呼ばれる物だった。レントが本を取り出すとほぼ同時に、さっきみたような鬼火が奥で揺らめき始める。

「来るぞ!レント!!」

「ああ!二重魔法陣・・・」

 キィン・・と甲高い音を立てて二つの円が虚空にうみだされる。魔法陣だ。二つの魔法陣は合判するように回転し、光を生み出していく。

「ラ・シールド!!」

 ひときわ強く光が発せられた瞬間、目の前に透明の壁が生み出される。その壁は光に当たって虹色にきらめく。まるで半導体(プリズム)のような壁だった。

 瞬間、飛んできた鬼火とぶつかり爆発する。だがさっきのような熱波は襲ってこなかった。ただ、激しい閃光、耳をつんざくような音はいまだ健在、森全体に音が響き渡り、驚いた鳥は一斉に汚く鳴き声をあげ飛び立ち、森全体が揺れた。

「皆!!走るぞ!!」

 レントは大声を出す。その言葉に口を開いたのはアカネだった。

「待って!私とレオンくんで道標になる!」

「こんな閃光の中、木の配列なんてわかんのかよ」

「レント、わかってないのに走ろうとしたのかよ。」

「お・・・おぉ、で、アカネ。何か秘策でも?」

 レントの言葉を聞き、アカネは腰につけた特注品のレザーバックの中にある砂の入ったビンを一本取り出した。

「これを木にぶつけるの。そしてこれが当たって跳ね返る音を五感の強いレオンくんが聞いて木の配列を見極めるの。」

 なるほど・・・。そういう事か・・・いい案だ。

「分かった、アカネ!頼むぞ!」

 アカネは重いきり砂を周りにまき散らす。僕はその音を聞き分けて木の配列を読み、走り出した。

 少し走ったころだろうか、ようやく白煙の層を抜けた。生い茂る雑草や木々を掻き分けてやがて大きい茂みを抜ける。そこには、さきほどとは違い、短い草だけが生えている広い空間にでた。

「・・・・・・っ」

 僕は目の前にいる二人をにらむ。一人はさらさらの茶髪をふくらはぎまで垂らした長髪の女性と、腰に長い剣を装備している男性がそこにはいた。二人を共通して見て取れるのは、どちらも体が小さく、年齢にしておよそ10歳前後の容姿をしていることだった。

 僕らに気づいた少女のほうは、一点を見つめる。一瞬にして赤く光った右目と同時に僕らの背後にある木から炎が噴き出た。

「おわぁ??!!」

「なんで!?何もないところから火が!?」

 だが、おかしいのは炎ではなく、レントとアカネの反応だった。何もないところから火・・・?もしかして・・・気づいていない?ということはこの子たちは・・・まさか

「っ!!ゴーストだぁ!メイトォ!!」

「ようやくボクの出番なんだぜっ」

 すぐさまメイトの能力、赤性雷電を発動。いびつな起動も描きつつも、その雷は適格に少女の体へと飛んでいく。


 パァン!


 しかし、その雷が少女に当たることはなかった。

理由は、少年の方が、腰から剣を抜き、雷を防いだからだった。

 だが、ゴーストに攻撃をあてる事はできた。ゴーストが攻撃を受けたり、人に触ると周囲にその姿が確認できることになる。

「うわぁ!!」「いつからそこに!?」

 レントとアカネは驚きの声を発する。それもそうだろう、二人にはほんとにいきなり人が現れたようにみえるのだから。

「この二人はゴーストだ・・・攻撃をあてたから見えるようになったんだ。そして、この子たちはAランク級妖怪、化け狐。」


 数秒の沈黙が訪れる。その沈黙を破ったのは化け狐の少年だった。


「これ以上、俺らの世界に入ってこないでよ・・・」

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