第5話 ゴースト
ギギギ・・・ガチャ・・・・
重く軋む音を立てて木製の扉が閉められる。先日の妖怪の襲撃のせいで扉の立てつけが悪くなり、僕は閉めるのに少しの時間を費やした。
「行ってきます。」
僕は音の無くなった家に向かって声をかける。勿論、返ってくる声はない。いつもなら両親が「いってらっしゃい」などと言う挨拶を返してくれただろう。だが、そんな両親も、今では還らぬ人となってしまった。
「よし、鍵も閉めたし、忘れ物もないだろう。」
僕は喉の奥でもう一度「行ってきます」といい、笑う。確かに、両親は先日の襲撃で死んだ。だけど、いなくなったとは思わなかった。
霊飼い術師という天職があるなら、もちろん「霊」という存在がいるだろう。本によれば霊は死んだ人が次になる者と書かれている。ということはもう一度両親に逢う事も、もしかしたら有り得るのではないかと。僕はずっとそう思っていた。
「あ、レオンーーーー!!!」
不意に背後から僕を呼ぶ声が聞こえる。振り向くとそこには僕の幼馴染のレイチルがこちらに向かって大きく手を振り走って来るところだった。レイチルは一人称が「ボク」の活発な女の子だ。レント同様、常に笑っているイメージが強かった。僕とレイチルはレントやアカネよりも長い付き合いだ。よく二人で遊んでいたし、レントやアカネと知り合った後もよく二人で遊んでいた気がする。
「レイチルじゃないか。どうしたんだ?」
「皆が学校行くって言ってたからね。ボクは残念ながらついていけないけど、せめて気持ちだけでもって、皆にこれを・・・」
そういってレイチルは僕に何かを差し出してくる。太陽光を反射させて光り輝くそれは翡翠色に輝く石だった。
「これって・・・」
「エメラルドで作ったペンダントだよ。ボクにできるのはこれくらいだから。」
「で、でも・・・こんなに高価なもの・・・」
「お父さんが持って行けって、アカネにはルビー、レントにはアメジストのペンダントを渡したんだ。」
確かレイチルの家は宝石店で、ほかの街の貴族達にも人気だったはずだ。
レイチルからエメラルドのペンダントを受け取る。
宝石の裏には「LEON・SHARONE」と掘られていた。
「学校行っても、ボク達は一緒さ!!」
「あぁ・・・ありがとう。待っててくれ、レイチル。僕らはずっと一緒だ。」
その宝石をぎゅっと握りレイチルに笑いかける。それに応じてレイチルの方もふわっと大きく笑った。
「じゃあ、行ってきます。ありがとう・・・。」
そういい、僕は振り向いて歩きだす。レイチルが最後に伸ばした手に気づくことはなかった。
「いってらっしゃい。レオン・・・」
レイチルは伸ばした手を戻し、その手を胸の前まで持っていき静かに握る。
「選ばれし者と、選ばれなかった者とでは、住む世界が違うのかな・・・」
レイチルはそっと目をつむり、ここで生まれてからの思い出を思い出していく。
「好きでした・・・」
レイチルのその声は誰にも届かず、ただ静かな朝の街にこだました。
◇
国立の霊飼い術師の専門学校に入って早くも数月が経とうとしていた。
どうやらほかの人達は同じ村出身が多く、僕は学校生活のほとんどを一人で過ごしていた。
「えー私達が住む裏の世界は人間と妖怪、二つの生命体が存在しています。」
目の前では身長の高い女教師が教科書を片手に話している。現在、僕が受けている授業は「表裏世界」と呼ばれる裏の世界と表の世界の社会を理解するための教科とされている・・・が、実際は伏せられていることが多すぎて理解に苦しむ内容の授業だった。周りを見ると寝てる生徒も無きにしもあらず・・・ってとこだ。
「私達、裏の世界の住民は機械、服等は表の世界の物が多いのです。そしてー」
僕が今まで受けた表裏世界の内容はこういうものだった。
裏の世界、つまり僕達の住む世界は表の世界の発展を妨げないように、妖怪と闘い、表の世界になるべく妖怪を侵入させないように戦う・・・そういう内容だった。
表の世界の発展が裏の世界にまで流れ、裏の世界も発展のおこぼれを狙っている・・・というわけだ。皮肉なものだな・・・とつぶやきながら授業を受ける事も少なくはない。
ついでに僕らの住む世界の中心はアラン国と呼ばれる国だ。それに対し表の世界には大量に国があるという。その中心にあるのがアメリカという国らしかった。
勿論、そんなことを聞いても僕らはどんな物なのかがさっぱりわからない。そんな風に考えていると、ついに授業の終わりを告げるチャイムが学校中にこだました。
「それでは、今日はここまでですね。明日は測定テストなので皆さん、ランクが上がるように頑張ってくださいね。」
「起立。」と先生の合図で授業は終わる。いままで静かだった教室は一騎に騒がしくなり僕は辟易して寮へと戻っていった。
「明日は・・・弱点体術の後に測定テスト・・か。」
弱点体術。それは霊飼い術師が霊の召喚が不発に終わり、能力が使えなくなったときのためのCQCのようなものだった。
体術というのは生物の弱点部位にクリティカルにヒットすると威力を発揮するものだ。弱点体術はその弱点部位を上手く突くために行われてる実技授業だった。
霊飼い術師の能力が不発に終わるときはおおまかに分けて二つある。一つが根本的な技術不足で発動できないとき。そしてもう一つが体力不足によって不発に終わる時だ。
霊飼い術師がゴーストを召喚する時は決まって体力を使う。契約を交わしたゴーストの能力を使うには体力は必要不可欠だ。
霊飼い術師はゴーストの能力を使う際、ゴーストが生前持っていたランクではなく、召喚者のランクで発動される。つまりゴーストがAランクだろうと、召喚者がCランクならばCランクにまで能力が落ちるということだ。
まぁ、ボクには召喚するゴーストもいないが。
ちなみにゴーストを雇うには二つの方法がある。一つがゴーストと戦って勝って契約すること、もう一つが話し合いによる互いの了承での契約だ。
だが、正直に言うとどちらも簡単ではない。まず戦って勝つことはこっちにあらかじめゴーストがいないと無理だ。そして後者、これは話し合いによる契約だが、この世界にはゴースト狩りと呼ばれる奴等が存在する。
ゴースト狩りとは一般に、契約したゴーストをリリース(成仏)させてゴ-ストを消滅させている連中の事だ。リリースを受けたゴーストは役目が無くなったとみなされ消失するのだ。それに怯えているゴーストも少なくはないため、なかなかに話を聞いてくれないのだ。
「おい!聞いてくれよ!!また俺ゴースト狩りしちゃったよぉ!!ははは!」
「え?まじかよ!お前サイコーだわ!!」
「だろ!?ちょーっと優しい言葉かけりゃすーぐに契約できてよぉ!そのあとソッコーでリリースすんだよ!そしたらな!?え?え?とか言って消えちゃうわけ!たまんねーーわぁ!あの顔!」
ぎゃははははは!と動物の鳴き声めいた声で笑う二人を見かける。僕はこいつらを知っている。同じクラスのやつらでゴースト狩りをしている連中だ。クルスとラリーと言い、クルスのランクがBでラリーがCだった。
「まじで昨日のじじぃウケたっての!!泣きながら消えてったよ!!鼻水とか出しまくりだぜ!?」
「まじかよ!!きったねえ!!ぎゃはは!!」
「ゴーストは、お前らのオモチャじゃない・・・」
僕はそれを聞いて、無意識に言葉が出ていた。
「は?何か言ったか??んん??」
僕の言葉にクルスが反応する。片眉を吊り上げてクルスは僕を挑発してくる。
「聞こえなかったか?ゴーストはお前らのオモチャじゃないって言ったんだよ。」
「は?何言ってんのお前。死んだゴミクズをどう使おうが俺らの勝手だろうが!」
クルスの太い腕が高く振り上げられその拳は適格にボクの顔面へと伸ばされる。
「ぐっ・・・!」
「まぁ、テメェは生きてても死んでてもゴミクズだけどな!!」
ドゴォ!と筋肉質なクルスの太ももがボクの鳩尾に重く食い込む。これは学校でやった弱点体術の一つだった。
「ガッ!?ゴホ!オエェ!!」
僕はその衝撃で胃に溜まってたのだろう透明な液体を吐き出した。喉の奥が痛い、口の中が酸っぱい。
「はっははは!!自分から喧嘩売るなら少しは殴ってこいよ・・なぁ!!」
続けてクルスはさっきと同じように僕の頬を殴りつける。口の中が切れたのか血の味が口一杯に広がった。
「ふ・・・ふふ・・・」
「なに笑ってんだよ?バカか??」
「君がボクを殴る度に・・・君の惨めさが伝わってくるような気がしてね・・・」
僕がその言葉を発し終えた瞬間、今までで一番重い一撃が腹に加えられた。
「寝言は寝て言っときな、ゴミが。」
僕はそれを最後に気を失った。
◇
「ぐ・・・いてて・・・」
あれから数時間たっただろうか。僕は少し離れた寮に向かって歩いていた。
「・・・ゴースト反応!!」
頭に電撃が走ったかのように何かを察知する。それは霊飼い術師が近くにゴーストが居る時に察知できる反応だった。
僕は重い足をどうにか引きずって反応があった場所へと歩を進める。
「ゴースト狩りに捕まる前に・・・!」
口角があがり自然と笑みが現れる。
「絶対に仲間にしてやる!!」
僕は反応があった裏道にはいった。
しかし、その光景を見て僕は絶句した。
バリバリ!バチィッ!!!
そこには体から煙をあげて苦痛に耐えるクルスとラリー、そして、雷をまとったゴーストがたっていた。いや、これを雷と言っていいのだろうか。
「赤い・・・雷??」
そう、その雷は赤く、紅く、地面をのたうちまわる蛇のように空中に尾を伸ばしていた。
ユラァ・・・と赤い雷を纏ったゴーストは顔だけを回し僕を見、そして口を開いた。
「君も・・・ボクを消しに来たのかい?」
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