第4話 桜の月

 両親が死んで二日後、通夜が行われ、その翌日に葬儀が行われた。

本に書かれているような、悲しみに溺れて涙が出るような事は無く、ただ無為に両親の亡骸が入った棺桶を見つめていた。

 葬儀にはレントとアカネとその両親、そしてもう一人の幼馴染が出席してくれた

。皆、気を使ってくれているのか、僕にはあまり話しかけてはこなかった。

 これが、霊飼い術師になったものに対する霊からの呪いなのだろうか。それは、誰にもわからないだろう。

 でも、もしかしたら、いや、誰もが思う事なのかもしれない。


 あの子は、霊の呪いを受けた忌み子なのだ。と


 だけど、そんなのはどうでもよかった。

ただ、感情がなくなったかのように親の亡骸を見下ろし、ただ、手を合わせることだけしかできなかった。

 国の者から事情徴収のようなものを受けた後に、僕は音の無くなった静かな家に帰ってきていた。

 

  ◇


「レオン・・・大丈夫かな。」

「霊飼い術師になったみたいだな、近所で騒がれていた。」

「レオンくん、悲しいのかな・・。けど全然泣いてないね。私・・・レオンくんのことが心配。」

「ボクは天職が与えられなかったからよくわからないけど・・・呪いだのなんだのって言われてたね。」

 俺とアカネともう一人の幼馴染、レイチルは棺桶の前に立つレオンを静かに見ていることしかできなかった。レイチルが言った様に、俺らは天職が与えられたが、レイチルは天職授与祭には呼ばれなかったのだった。

「くそっ!!なんだってんだ!!レオンは悪くないだろ!どうして!こんな事に!!」

 なにもできない、悲しんでいるだろう友に声もかけてやれない自分が悔しい。

俺は、思い切り握った拳を式場の白い壁に叩きつけた。

「レント・・・くん、悔しいのは分かる・・・けど」

「私だって・・悔しいよぉ・・・」

 レイチルは体も小さいからか、その小さい両手で俺の拳を包んで涙を堪えていた。アカネはスカートの裾を握って宝石のように輝く涙を流し続けていた。

 たしかアカネの両親はレオンの両親と近所公認の仲の良さだったはずだ。一体、どんな気持ちでアカネの両親はここにいるのだろうか。

 俺はただ、国の者と話しているレオンの姿を見ていた。その間にもレオンの横顔はただ無表情だった。

 家に帰ってきたのはそれより一時間ぐらい経った頃だった。俺はすぐに部屋に戻ろうとしたが、親父が俺を呼び止め、キッチンへと足を運び、木の机越しに俺と両親は向かい合わせて座った。

「今日、レオンくんの親族の葬式にいっていたな。私と母さんも出席した。気の毒だったな・・。」

 親父はティーカップに入れたコーヒーを一啜りし、静かに息を吐いた。

「そりゃあそうだろ。自分の親が死んじまったら誰だって悲しいに決まってる。」

 「そうだな・・・」と親父は小さく言い、言葉を続けた。

「レント、キツイ事を言ってしまうが、これからはレオンくんと関わりを持つのはやめなさい。」

 「は??」と俺はいきなり父から飛び出た言葉を理解できず、思わず聞き返してしまった。

「これ以上、レオンくんとかかわるのはやめにしなさい。」

「な・・・」

 何言ってやがるんだ・・?

「レオンは、関係ねぇだろ!?」

「レオンくんは、霊(ゴースト)の呪いを受けてるかもしれんのだぞ。次にその呪いを受けるのはお前かもしれん。」

 何言ってんだ??ふざけてんのか・・・?

「呪いなんて言葉を信じるのか?俺は生憎そういう眉唾物の話は信じねぇんだよ。根拠もない話を信じる事はできないね。」

 俺の言葉のどこに引っかかったのか。親父は青筋を浮かべて怒号した。

「私はお前の事を思って言っているのだ!!お前だって死にたくはないだろう!!」

 俺はその言葉を聞いて堪えることはついに叶わなかった。俺は思いきり椅子を立ち父の胸倉を掴み同じく怒号した。

「いい加減にしろよっ。テメェはテメェの都合で勝手に言ってるだけだろうが!!お前だって死にたくはないだろうだ??レオンが居ようが居まいが、死ぬときはいつだって死ぬんだ!!!妖怪は強い、そして人間は雑魚だ!!一人で無謀に闘うより雑魚でも助け合って生きてくんだろうが!!友達だって!そうだろうが!!」

 俺はここまで怒った事があっただろうか。

いや、そんな覚えはない。おそらく初めてだろう。自分がなんと言われようが構わない。ただ、レオンを・・・友達をバカにされたことだけは許せなかった。

 親父もここまで怒った俺を見たことがないのだろう。親父は想像以上におびえているようだった。

「くそっ!勝手にしろ!!私は知らないからな!!」

「あぁそうするよ!!」

 そういって俺は踵を返し逃げるようにその場を後にした。俺と親父が言い争っているときも、母さんはただ静かに見ているだけだった。

「くそ・・・なんだってんだよ・・・」

 暗い自室に帰ってきた俺は電気もつけないままベッドの上にと腰を下ろした。

「母さんだけど・・いいかい?」

 その時、不意に扉の向こうから声が聞こえた。聞くと心が落ち着き安らぐその声は母さんの声だった。

「ああ、大丈夫だよ。」

 先日の妖怪の襲撃のせいなのか。立てつけの悪くなった扉が鈍く軋む音をあげ、母さんが部屋へと足を進める。

「ごめんね、何も口出しできなくて。」

「いや、いいよ。父さんの言ってることもわかるから・・・」

「レオン君、お気の毒ね・・天職のせいでこんなことに」

「俺は・・レオンに何もしてやれなかった。俺は・・・」

 そこまで言って、母さんは俺の手を握ってくる。その手は、とても暖かいものだった。

「そう、何もできなかった。でも、これから何かをしてあげればいいのよ。大丈夫、あなたならできるわ。学校に行っても頑張ってね。レオン君を、アカネちゃんと支えてあげなさい。」

 母さんの言葉は父さんの言葉とは違い、温かいものだった。父さんだって、俺の事を思って言ってくれていたのは怒り方からみて痛いくらいにわかった。でも、違う、俺は父さんのような「関わるな」という言葉が欲しかったんじゃない・・・母さんのような「頑張れ」という言葉が欲しかったんだ。

「ありがとう、母さん。俺、レオンとアカネと進んでく。あ、もちろんレイチルもな!!」

「ふふ、その調子よ!!今日は遅いからもう寝ましょう。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 母さんはそういい部屋を出ていく

「すまない・・・」

 母さんだって・・ホントは嫌かも知れないのに・・・

母さんのその言葉はとても暖かく、俺の心に染みわたった。

 頬を温かいものが伝う。涙だ。俺は泣いていた。不安と安堵がごちゃ混ぜになって。

「俺は・・・皆の支えになる・・・必ずっ」


 桜の月1番の日。

レオンは霊飼い術師に。アカネは科学的能力者に。俺は非科学能力者に。

 それぞれの学校に入学し、その力を自分のものにしていった。

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