第3話 霊飼い術師

 「3番!!アカネ・レテス」

 誕生祭が始まって数十分が経過しただろうか。壇上にいる男が僕の左隣にいる友人の名を叫ぶ。怒号にも似た声を聴いてアカネのその狭い肩が大きく上下する。

「3番!!アカネ・レテス!!!」

「はい!!!!!」

 二度目の叫びでアカネは今までに聞いたことのないくらいの大声を出して一歩前に歩を進める。

「それじゃ、行ってくるね。」

 アカネはそれだけを言い、逃げるように視界から外れた。


  ◇


 アカネの名前が呼ばれ、一体どのくらいの時間がたったのだろう。

少なくなった周りの人間も今や苦しそうに膝を抱えているものもいる。

「134番!!レオン・シャローネ!!!!」

 気力が底を尽きそうだったその時、ついに僕の名前が呼ばれた。

「はいっ!!!」

 僕は何かを決めたように、あるいは諦めたかのように、声を張り上げて壇上へと重い足を浮かし歩を進めようとする。

「レオン!!」

 不意に、レントに名前を呼ばれ僕は振り返る。

「いってらっ!!」

 レントはニッと笑って自分より一回りは大きい拳を僕の方へと突き出してくる。その笑顔は、いつも見ている明るいレントの眩しい笑顔だった。

「先に帰ってる、後でな!!」

 僕はレントの突き出された拳に自分の拳を軽く当てて踵を返す。


 その足は、枷が外れたかのように軽くなっていた。


 誕生祭が終わって二週間が経過した。僕らは診断結果もとい天職を通知する手紙が届くまでの間は緊張と不安で精神的に疲労を感じていた。

 そんな僕の所に天職通知の手紙が届いたのは、それより更に一週間後だった。

家に届いた黒い封筒には王国のマークが刻印され黄金のラインが封筒を蝕むかのように引かれている。

 もう考える間もなくその封筒が何かはわかっている。天職通知の手紙だ。

僕は汗ばんで震えている手をどうにか動かしそっとその封筒を開けて中身の手紙を見る。

 冷徹に並べられた語群にはこう書かれていた。


 レオン・シャローネ 太陽の月23番生まれ(8月23日)


   天職を『霊飼い術師』とし、悪なる妖怪を駆逐せよ。

 

 霊飼いとなった者の血族は2人、不幸な未来が近々待っている事となるだろう。

桜の月1番の日(4月1日)に、霊飼い術師専門学校への入学を義務化する。


 「・・・・・。」

僕は手紙を終えた瞬間、支えを失ったかのようにその場に崩れ落ちた。

「なんで・・・そん・・・な・・」

 手紙にはこう書いてあった。

自分が『霊飼い術師』になった事と、『血族が2人不幸な目にあう』という事が。

 僕の家庭は、僕一人と両親2人だ。2人が不幸な目に合うというのなら、間違いなく父と母、この2人だろう。

「なぜ・・・」

 どうして、こんな事が・・?

理由は・・僕の脳から二つ掘り起こされた。

 一つ、霊の呪いを受ける。もう一つが霊飼いが不吉の象徴とされその当たりを周りの人間から受ける・・。

 いや、この場合は後者になる確率は皆無だろう・・・なんで、なぜなんだ・・・

「くそ・・・意味が、分からないっ」

 混乱で埋め尽くされそうな思考をどうにか現実へと戻し冷静になって考える。

「とめなきゃ・・・僕が・・止めなきゃ」


 その日、僕が霊飼いになった事と不幸が降りかかるかもしれないという旨を両親に話した。途中で思考がぐちゃぐちゃになり、涙がとめどなく溢れ出て説明がうまくできなかった気がする。

 それでも、母さんや父さんは言ってくれた。

「母さんたちなら大丈夫よ。眉唾物の話はそう安々と信じないのよ、だから学校で頑張ってね、母さんたちは此処で応援してるから。」

「ああ見ろレオン!!このマッチョな父さんが簡単にくたばると思うか!?あと百年は生きるぞ!!」

 あと百年も生きたら僕は父さんを妖怪の部類に入れるよ・・・。

でもこうして、そんな冗談を聞いてまた笑うことができた。僕の心にはいつの間にか不安は無くなっていた。

「うん、頑張るよ。レントやアカネと一緒に強くなるから。」


 そのまま月日が過ぎ、桜の月1番の日はそう長く感じずに訪れ、僕は霊飼い術師専門学校への入学式へと何事も起こらぬまま無事参加することができた。

 その帰り道に聞いた話だった。

『僕らの住んでいる街』が妖怪によって襲われ、数十人が犠牲になった事を告げられたのは。

 僕は嫌な予感がして、急いで街へと戻って無我夢中に家を探し走り回っていた。

そんな中、仲の良かった近所のおばさんに呼び止められ怪我などをした人を治療するための施設に連れていかれ、布を被された2人の横たわった人の前へと押されるように連れていかれた。

「そんな・・・嘘だ・・・」

 僕はおそるおそるその布へと手をかける。後ろではおばさんが肩を絶え間なくヒクヒクと上下させているのがわかった。

 布をめくるとそこには変わり果てた姿で、それでも見間違いようのない。


 両親の姿がそこにはあった。

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