憧れの向こう

「ない頭使って、必死にこころみたんですよ。 “神様あなたみたいに。 どうにか神様あなたみたいに”って」


巻き添えを食った店屋か家屋の崩れる音だろう。


濛濛もうもうけぶり立つ黒煙の向こうから、騒然たる音信がガチャガチャと及んだ。


「ある意味では反面教師。 けどまぁ、憧れみたいなものって、きっとあったんだと思います。 昔っから」


反面教師とは言い得て妙だ。


こうはなるまいと己の是非を念じつつ、己の父を見て、己の悪血あくちのぞむ。


この忌まわしい骨肉には、はなただしい正と邪が同居しており、尚かつ調和を良しとせず、これらは何時いつでも白刃を打ち合うようにしてせめぎ合っている。


しかし、どうあってもお子様の自分には、これをこくすることなど、大海を飲み干すよりも難しい。


「憧れ……、やっぱり語弊ごへいがあるか。 いや、うん。 だってほら、芯だけは一本まっすぐに通ってたでしょ? あなたって」


彼の場合はどうか。


心腹しんぷく蔓延はびこよこしまを、日頃から完璧に抑え込み、長いこと正を演じてきた。


元を正せば、きっと母に対する遠慮か悔恨の表れなのだろうが、それはじつに見事なものだった。


もちろん、そういった生き様がどれほど苦しいものか、自分にはよく分かる。


「格好よかったよ、あなた。 ダサいけど格好よかった」


ともすれば、これは幻滅のたぐいか、または失望か。


誰よりも・何よりも邪悪を忌避した鬼が、それはそれは悪鬼らしい悪鬼となって、自分の前にひょっこりと現れた。


仕様がないと言えば、その通りなのかも知れない。


我ら天國の血筋は、世界そのものにうとまれて久しく、思い通りに行かないことの方が多い。


それでも、もう少しマシな───


期待するのも野暮だと知りながら、もう少しマシな再会ができるものと思っていたのに。

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