分からず屋

かしてんじゃねえぞ? くそガキが……」


威勢を取り戻した彼が、こちらを爛々たる眼で見据えていた。


その身に負った痛手ははなはだしく、全身から黒煙をくゆらせる異相は、見ていて物怖ものおじを誘う。


しかし一方では、“これが傍目はために見る鬼の本性か”と、妙な得心を及ぼすものだった。


烈火のごときたたずまいは、単におぞましいものとは違う。


身体髪膚しんたいはっぷ其処此処そこここに、語るも無残な哀愁がただよっており、見る者の心を奪うのである。


「とにかく、暴れるだけ暴れて気は済んだろ? そこ退けや」


「……なぜ?」


「決まってる。 あの宮ん中にいる奴らちのめすんだ」


「あ? な……っ!? 正気ですか!? バカじゃないの!!?」


「バカはそっちだろ? 状況分かってんのか?」


「そっちこそ分かってるの!? あの二人は──」


「操られてるだけ。 そう言いたいのか?」


彼の冷静な物言いにじゅんじ、穂葉は「ぬ!?」と言葉を飲んだ。


これが真っ当な口喧嘩であれば、少なからず勝機はあろうが、今回はいささが悪い。


「たとえ第三者のちょっかいがあったにしても、実際にやらかしたのは奴らだぜ?」


「そんなの……! それならそれで、もっと他に話し合いとか!」


「バカか? 刃物ヤッパぶら下げる相手と、わざわざ話し合いだと? それは単なる命乞いだろうが?」


「上等じゃないですか! こっちが折れて、穏便に片がつくなら……っ」


矢も楯もたまらず純心を明かしたところ、彼は「見損なったよ」と大いに息をいた。


「それでもお前、俺の娘かい? 道理の分からねえ奴は、腕っ節で改めるしか無えじゃねえかよ」


「なに……っ?」


「いやいや。 現にお前、俺をボコボコにしたろうが? 話が通じねえと知れるや。 だろ?」


「それは……」


記憶を損なっただけで、こうまで分からず屋になってしまうものなのか。


いや、むしろ逆だろうか。


こちらの意に添わない者は、シバいて正す。


じつにシンプルだ。


「あなた、本当に鬼なんですね……?」


どうにも物憂い口先が、穂葉の内心をさめざめと明かした。

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