閻魔の忠告

通常であれば、その暴力性に対し畏怖を覚えるところではあろう。


しかしそれがしの心神は、にわかに重荷おもにを手放したような安らぎを得た。


あやめるのではなく、あくまで張り飛ばすのだと彼は言った。


些末さまつな言葉のはし。 言葉の綾に近しいものではあるが、某には、それが彼の真心に思えて仕方がなかった。


やはり、この御方は天國さまなのだろう。


如何いかに恐ろしいなりをしていようとも、あのお優しい天國さまなのだろう。


となれば、やすんじて二名の追跡を任せられるというもの。


「どうした?」


「某には、やる事があり申した」


「……ほお?」


当方の目線を知った彼は、わずかに表情をゆがめた後、「お前さん、地獄に落ちるぜ?」と、深深しんしんと溜息を混じらせて言った。


「あんたらが思うより、地獄の間口は広いんだぜ?」と。


その言葉は迫真に富んでおり、疑う余地もない。


「もっと仕様もねえ理由で地獄うちに来る奴ぁ五万といた。 その点、お前さんは」


「恨み……」


「そう。 あんだけの恨み買っといて、並の刑罰じゃ納まらねえだろうよ。 覚悟はあるのか?」


「………………」


当方の沈黙を確答として受け取った彼は、面倒くさそうに側頭部をコリコリとやった。


「まぁいいや。 どのみち俺には関係ないし。 お前さんが煮られようが、焼かれようが」


「ふふ……」


「あぁ。 この武辺者ぶへんもの、見事な覚悟である。 せいぜい死に花を咲かせられよ」


彼の満身にえ渡っていた氷のとげは、いつしか露も残さず消えていた。


傷口はもちろん痛々しいものでこそあるが、相変わらずおびただしい蒸気をくゆらせており、壮烈のさきんずる。


何処いずこから迷い込んだものか、春の気配を柔らかに含んだ風が、鼻先をふわふわとくすぐった。


「あの二人のこと、俺に任せとけ」


かたじけない」

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