敵の敵

その様子はとても感傷的で、当方の口をふさぐには余りあるものだった。


いつの世も、他者の心をつかむ上手はいるが、心火を燃やして同情を得るやからは珍しい。


もとい。 これは安易に同情と呼ぶべきものでは無く、一種の得心に等しいものか。


「………………」


それがしの道程をまざまざと思い、愚案に落つ。


他者を斬りつけ、斬りつけられる剣の道こそ、憎悪の窮極的な住処すみかではないか。


ともすれば、断じて悪にほだされたのではなく、彼という圧倒的な悪のあり方に、おのずからきつけられたと表すのが正しい。


「けど、中には居るんだろうな? あんたみたいなのが」


「………………」


「困ってるもんを見過ごせないやつ。 例えばそう、半身を削ってでも、人間を助けようとする奴」


「それは……」


「頭イカレてんな? 神は人を助けない。 助ける必要がえ」


反論しようと思えば出来たのだろうが、それがし心胆しんたんが“それはめろ”としきりに唱えた。


おそれによるものではなく、純粋な真心として。


「手前のことより、他人の幸せの方が大事か? 無いな。 そんなことかす輩は、自分を直視するのが怖いだけだろ」 


大きく息を吐き出した彼は、遠くの町並みをしみじみと眺め、絞り出すように言った。


「そんな野郎が長らく守ってきた世界なんぞ、虫酸が走る」


「………………」


その言いようを真に受けると、途端に空恐ろしい何かが込み上げる。


先頃、彼は確かにかの姫と敵対した。


敵の敵は味方。


いな此度こたびはそういった図式では成り立たない。


もちろん、これに苦心惨憺くしんさんたんいだくは、そもそもからして野暮というものだ。


世に秩序立った炎など無く、触れるものをまずは害そうとするのが、火焔かれらの道理であり、底意地である。


「……世にあだなすおつもりか?」


「バカ。 得があんのか? そんな事して」


某が問うと、彼は心底から不味まずそうな顔をして応じた。


そうして、己の肩先に生えた氷柱つららをひとつ抜き取り、氷菓に食いつく仕草で、これをガブリとんだ。


お喋りの最中さなかに生じた手持ち無沙汰を、少しでもやわらげる目的か。 少なくとも、小腹を満たすためでは無いだろう。


現世こっちの事情なんぞどうでもいい。 俺はただ──」と、口内のものをえなく唾棄だきに付した彼は、牙を剥いて言った。


「俺に無礼なめ真似まねしくさったあいつら、思いっきり張り飛ばしてやろうってんだ」

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