雪の果て


友待つ雪のほのかに残れる上に、氷の刃がおびただしくも飛び交っていた。


立て続けに響く刃金の鳴物なりものは、当地における空気の澄み具合も手伝って、琴音きんおんのようによくわたる。


その最中さなか、奮迅の勢いを得た徒党が、一所ひとところなだれ込むのを見た。


「勝負せい! 勝負じゃ!」


そちらに気を取られる剣豪に対し、彼の首をしつこく狙う凶徒が、大声でまくし立てるや、したたかに打ち込んだ。


これを諸流にみる無刀の術理で征服し、剣を奪って戦況を見る。


複数の刀剣を一手に引き受けた玉鉾が、縦横じゅうおうの活躍を阻まれていた。


しかしながら、持ち主を追い詰めるには至らず。 また、無碍むげに立ち働く女官の加勢もあって、立ちどころに徒党は崩壊。


酸鼻の血煙が、白雪の表層をけがす間もなく、彼らの身柄は氷霜ひょうそうとなって散った。


「おぉ!!!」


この事態に、俄然やる気をみせた無双の槍使いが、大呼たいこして立ち向かった。


ところが、姫のしなやかな手は、これを難なく阻止。


三十貫はありそうな丈夫ますらおの身を、天高くまで放り上げてしまった。


続けざま、鉾が威勢を振るい、頭上の雲行きがにわかに慌ただしくなった。


次の瞬間、弾幕と化した回雪によって、男性の身体は蜂の巣となった。


なんと鮮やかな手並であり、酷烈なり口であることか。


並々ならぬ膂力りょりょくもそうだが、事象を自在に操る能才も、まさしく神明のそれである。


現在のような冬季、それも雪中の場においては、容易に彼女と比肩ひけんできるものでは無い。


「おのれ!!!」


りとて、退くことはかなわず。


この場に集った皆々、それぞれ死力を尽くし、これに立ち向かってゆく。


その姿に、悲しい修羅を見た心持ちがした。


武士に明日は無く、彼らがかかげる士道とは、すなわち死ぬことであるとさえ言い及ぶ。


なんとよしない事かとあなどりこそすれ、これを邪険に扱うことなど出来ようはずもない。


剣に一身を託す者として、それなりに共感するところもある。


己の心底しんてい、己の道程は、断じて間違いではなかった。


かたくなにそう信じればこそ、そう語り継ぐ者があるからこそ、彼らは死を恐れず、大壁たいへきに挑むことが出来るのだ。


「くおぉぉ……!」


五寸釘のような氷柱つららによって、肩先をかれた剛兵ごうひょうが、盛んに苦悶を絞りながら、尚も前へ前へ突き進んだ。


その挙げ句、彼の怪腕は、氷柱の起点をキツくとらえ、これを力任せにひねり上げた。


くぐもった悲鳴が上がり、それに続いて氷の剣が砕ける音を聴いた。


「触れたな貴様?」


「ぬむ!?」


しかし、彼の蛮勇はそこで打ち止め。


獅子をも縊殺いさつする彼の腕骨うでぼねが、見るに白く氷結し、時を要さず全身がこおった。


これが音を立てて砕ける間際に、自分の口が発したものらしい怒号を聞いた。


かつて剣を交えたき相手に対する、哀別のしるしか。


気がつくと、なりふり構わず姫の元へ打ち込んでいた。


勝ち目を見出みいだせぬ間に迫撃するなど、まったくがらにもない。


これを待ち受けていたものか、人混みを蹴散らした女官が、薙刀なぎなたを剛直に振るった。


「くぅ……!」


為損しそんじた。


後悔を先に得ず、頭の片隅が痺れをきたした瞬間、横合いから駆け込んだ長剣が、目先に迫る切先を払いけた。


それはすぐさま軌道を変えて、われの肩口を浅く斬りつけた。


思わず剣を手放し、足を止める。


じくじくとした痛みに、途端に命惜しさが再燃した。


このつかに、女官は舌打ちをして、ひっきりなしに押し寄せるつわものらとの斬り合いに専念した。


「焦るな阿呆!」


この騒動にもまぎれぬ叱咤しったが、手厳しく飛んだ。


見ると、長剣を地摺じずりに構えた老剣士が、われかたわらで、哨戒しょうかいの眼を辺りに至らせている。


「巌流殿……」


思いあまって情懐じょうかいに訴える声を出したところ、彼はこれを鼻でわらってみせた。


「馬鹿野郎。 まだ死ぬることは許さん。 あぁ、許さんともさ」


その表情は磊落らいらくで、武人には有るまじき快活がにじんで見えた。


「使え」


「すまぬ」


そんな彼の手ずから、寸法の長い脇差わきざしを借り受け、協心戮力きょうしんりくりょくして、事にのぞむ。


滅多矢鱈めったやたらな方向から、死に狂いの刃が向かってくる大混乱の戦場。


その渦中かちゅうを、背中をあずけ合って駆け抜ける。


そうしてついには、大敵である姫の元へ肉薄。 掉尾ちょうびの勇を振るい、強攻を加えた。


「甘いの?」


「く……っ」


しかし、寸分遅かった。


我らが下した打ち太刀は、雲間からほそやかに伝う垂氷たるひによってとどこおり、彼女の身に届くことは無かった。

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