仇に勝るもの

後世にまで名を残す方法は様々にあるが、やはりずは、売名行為の巧妙さに尽きる。


例えばとおあるうち、純粋な力量が九、売名の手腕が一しかない者が居るとする。


この人物が著名になり得るかいなかは、まさに天運の知るところと言えようか。


反対に、力量が一しかなくとも、名を売る手腕に誰よりも長じていれば、その人物の勇名は、当人の思いのまま、延々と語り継がれてゆく。


勇名とはすなわち人望だ。


たとえ多少の瑕疵かしがあったとしても、より長いものに巻かれたくなるのが人情である。


「何人まで斬り捨てた?」


「なに?」


「かの男の弟子どもよ。 臨終に際し、何名まで道連れに致したのかといておる」


「言わぬが花よ……」


「ほぉ?」


据物すえものをいくら斬り捨てたところで誇れるものか。 そも、その据物らになぶられた弱者のつくろいなど、聞いて楽しいはずもなし」


剣術やっとうに限らず、およそ勝負事には、常に万が一の事態が付きまとう。


手足の調子に腹の具合、それが多勢に無勢を強いられる場面であれば尚更だ。


「おう、いよいよ集まり来よったわ。 さすがに鼻が利くようで」


老剣士の目線を追うと、凍てつく川の対岸に、壮烈のをまとう一団があった。


その一翼をになう男性が、「新当流、有馬喜兵衛!」と名乗ったのを皮切りに、彼方此方あちこちから自称が上がり、一種の騒音と化した。


「ほほ……」


よくよく耳を澄ますと面白い。


有馬に始まり、大刀無双の秋山某あきやまなにがし、名にし負う吉岡一門、奥蔵院の槍使い、鎖鎌の宍戸某、大瀬戸隼人、辻風某。


いずれも、かつての剣豪に挑み挑まれ、敗北を喫したとされる歴々ではないか。


「我らは皆、あの男の血臭に招き寄せられたもの。 この機に乗じ、恥ずかしながら恨みを晴らしたく思う」


「そうか」


世にこれほど血腥ちなまぐさい因縁があるものかと思ったが、この痛快を前にしては、心淋うらさびしい情理もかすむ。


れど笑止かなや。 其処そこなそれは、真に貴殿らのかたきにあらず。 分かっておいでか? 姿形はたがわずとも」


「それこそ笑止。 我らは皆、武運に底意地をさらしたもの。 一度ひとたび振り上げた剣の退き方を知らぬ」


「それはまた、なんといたわしい……」


姫の手ずからクルクルともてあそばれた玉鉾たまほこが、にわかに霊威を解放し、周縁に豪雪をんだ。


武門の意地にならわずとも、憎き仇を横取りするやからは、当の仇にも勝る怨敵となりるのが道理。


「よかろ、掛かってきなされ。 しかし我が鉾は少々手荒ゆえな、覚悟がいるぞ?」


くして、真冬の川原は、いよいよ熾烈しれつな戦場と成り果てたのである。

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