第13話育むもの

ふるくから友づきあいを続ける自分たち六柱の中でも、特に教養の高い彼女のことである。


こちらの真意を早々に悟ったか、りょうとした表情でうなずいてみせた。


続けて満面をてきぱきと笑み曲げて、こちらの魂胆に乗じるむねを、これでもかと知らしめてくれる。


普段のほがらかな顔色はどこへやら、その笑い顔はとても凄烈せいれつで、チクリと針咎はりとがめをくれそうなほど、鋭さに足るものだった。


彼女もこういった顔色をすることがあるのかと、妙に感心する一方で、内心がぞっとした。


「ならば、この場で素っ首を打ち落とそうとも、あなたのくちさきは文句のひとつも唱えやしないと申されますか?」


「………………」


直情気味の脅し文句に、こくりと頷いて応じる。


すると彼女の表情が、いよいよ増して華やいだ。


まるで粗末な鈴がを思わせる風情で、細いのどを仕切りに鳴らし、今にも腹を抱えそうな素振りである。


「その顔……」


友をここまで追いつめたのは、他ならぬ自分でこそあるが、よくよく考えると、どうにも割に合わない気がした。


人間ひとが行う悪業のうち、もっともゆるがたいものとは、他者の生涯を直間ちょっかんによらず奪い去ることである。


ならば、一定の段落で区切りのつく青人草あおひとくさの生涯を、初めに設けようと言い出したのは誰だったか。


「お前だったよな? “かくも優れた循環作用が御座います”などと」


「それが?」


もちろん、自分もそれに賛同したのは事実である。


事実であるが、そも、死というわずらいが無かった場合の世界の姿を、いつも考えてしまうのだ。


「愚考でしょう? なにも悪業が、すべて死と結びつくとは限らない」


「けど、ちょっとはマシだったと思わないか? 今よりは、ちょっとだけ」


「思いませんね。 青人草の悪を見て、あなたが鬼を得たのは事実でしょう? 生き死にの問題じゃない」


「冷たい奴だな?」


「なにを今さら」


これ見よがしに息をいた彼女は、次いで目元を薄くぎ、口唇こうしんを歪めて言った。


「そもそもの話、世界とはまこと狭いようでいて、そのじつは滅法にも広すぎる」


「なに?」


「御覧なさいな。 宇彌嬢が泣いている」


細指の示す先を追うと、瓦礫がれき合間あいまに身を忍ばせた愛する人が、こちらをうれわしそうに見つめていた。


そう言えば、ここは何処どこだろうか?


さだめて広々とした屋敷内のようだけども、彼女がいるという事は、かの世と考えて間違いはないのだろうか。


しかし、おのずから足を運んだ覚えは無い。


「どうして、彼女をもっと大切にしてあげなかったのです?」


「なんだと?」


すっかり混乱を余儀なくしていたところ、友が厳しい口調で非難を唱え、当の混乱に拍車をかけた。


よくを掻いたは大神あなたの落ち度。 世界を見なされ。 生命の数が余りにも多すぎる」


「なにが言いたい?」


たずねてはみるものの、彼女が言わんとしている事は明白である。


余人よひとはぐくむ余地があるなら、どうして最初の人間たる宇彌に、愛情のすべてをそそいでやれなかったのか”


「それは違うだろう?」


「違う? 違うとな? なにが違うと申される?」


「人間を育むのは俺たちでなく、世界の仕業だ。 人間の仕業だ」


「この期(ご)に及んで尚、責任から逃れるおつもりか?」


「違う」


「なにが違う!?」


友の怒号を間近に聞いて、頭の中心がふっと冷める心持ちを得た。


烈火を見つめると、鼻筋に雑駁ざっぱくな冷感がぎるのによく似ている。

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