第8話招かれざるもの

そんな女が、怒り肩を戦慄わななかせて当方をにらんでいる。


さらにも増して居心地を損ないつつ、「なんだお前?」とただすも、彼女はこれをきっかりと無視し、ツカツカと室内に踏み込んできた。


それよりも、当の女が口走った宇彌という名に心当たりがある。


もとい、たしかな心当たりと言うよりは、胸中にあさく引っ掛かる小骨の類か。


状況を思えば、目先の彼女を指すものと考えて合点がてんは行く。


しかしながら、あまりピンと来ない。


宇彌、宇彌。


兎にも角にも、覚えておいて損は無いことだろう。


「あなた……、なぜここに?」


「ずっと尾行けてきた」


「え?」


「宇彌ちゃんの後ろ、ずっと尾行けてきた」


やがて俺たちの元に到った女は、当の宇彌に目線を合わせ、ニヨリと笑んだ。


何事の執着かは知らないが、一端いっぱしの行動力はあるらしい。


「え……? なんで?」


「ここに案内あないしてくれると思って」


案内あんないさせてどうすんだ? てめえ、ここが何処どこだか分かってんのか?」


「作戦通り。 やったよ宇彌ちゃん。 お疲れさま。 えらいね?」


「つーか、俺を誰だと思ってんだ?」


「それにしても宇彌ちゃん、後ろ姿もいいね? 私もそんな風になりたいな」


「聞けよ! おい!? 聞けって!!」


余事は眼中に無いらしく、完全に俺を放ったらかした女は、目元に羨望せんぼうたくわえて、宇彌のしなやかな居住まいを注視した。


その美貌が、途端に薄ら寒いものに感じられた。


この女もこの女で、まこと病的と言うか、何やら狂ったさがが透けて見える。


俺の元に寄るのはこんなのばっかりかと考えつつ、ともかく腹に据えかねる思いを当てつけようと、奥歯で火焔をむ。


そこでようやく、当方の堪忍袋が受け入れるつたない分量を知ったか、こちらに目を留めた女は、やんわりと笑みをいた。


「なにをいかっておいでか焔摩王。 性分しょうぶんとは言え、まったく度量の狭いことですね?」


「お前さんがそうさしてんだろうが? 喧嘩売ってんのかこの野郎」


「まぁ何とひんのない。 宇彌嬢の前でめて下さいます?」


「さっきから宇彌宇彌って気色悪いなこの野郎」


ひとまず席を立ち、右の爪先つまさきを軽く振るう。


そうして床をトンと打ったところ、ささやかな火光が起き、板敷きの継ぎ目を阿弥陀あみだのように駆けていった。

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