第6話見つめる眼

もっとも、どちらにせよ協力するかいなかの判断は、当方の胸三寸にゆだねられるわけだから、まるで当たりのないくじと同義である。


この女も、きっとそれがわかっているのだろう。


こちらをめつける峻烈な眼差まなざしが、ことのほかわずらわしく、そして痛かった。


「どういうわけがある?」


「え?」


「話くらいなら聞いてやる」


この眼に参った結果か、あるいは先述の気まぐれがようよう働いた結果かは知れない。


俺の口前が思ってもみない台詞せりふを唱え、むしろ俺自身を動転させた。


しかしながら、落ちつき払って考えれば合点がてんが行く。


この女は、やはり当方の好みにピタリと合致がっちすると同時に、どうにも捨て置けない感懐かんかいを、胸中にジワジワと及ぼすものだった。


「事の始まりは──」と、かすかに安堵あんどくゆらせた先方は、表情を引き締めて言った。


余程に切羽つまっているのだろう、こちらの姿勢が前のめりになったと知れるや、途端に意気が揚がったようだった。


この屈託のない所作しょさに我を忘れ、またしても見蕩みとれてしまう。


「世界を変じた者がおります」


「なに?」


その末に、当方の耳が辛うじて聴いた言葉は、何とも奇妙なものだった。


彼女の顔をよくよく見ると、表情は真剣そのものである。


冗談を言っている気配はない。


「世界って、現世のこと?」


「はい。 我々が住まいます世界」


「あぁ……、それなら、そういう奴がいても可笑おかしくないんじゃない?」


「はい?」


っきな事務経営の会社だろ? 世界って奴は。 言ってみりゃ」


「それは、如何いかがでしょう……」


「そんなら、ちょこっと書類いじるくらい造作ぞうさもねえよ。 そんなもん」


わが世に比べれば、途方もなく狭い世界である。


そのくせに、悪党・聖人を一緒くたに輩出するれた世だ。


それを槍玉に挙げたつもりだったのだけど、すぐにつたない言い回しだったと反省し、コクリと小首を垂れる。


「それで、どういう風に困ってる?」


「家族が家族でなく、隣人が隣人でない」


「あん?」


「これまで万人がコツコツと築いてきたものが、一夜にして崩れ去りました」


「おいおい? それは」


言葉の意味を知って、にわかに背筋が冷たくなった。


先も言った通り、世界を変えるのは容易たやすいが、一個人の人生行路を一変させるとなると、並みの手段では覚束おぼつかない。


仮にそれが成ったとしても、破綻がさらに破綻を招き、訳の分からん事態になること請け合いだ。


「誰がそんなこと望むんだよ? つーか得あんのかな? そんな事して」


るものがあったればこそ、彼女もそのように働いたのかと」


「彼女?」


「当方の古馴染みです」


「なんだそりゃ?」


あきれついでに機嫌をそこね、“手前てめえのツレの尻拭い、俺にさせる気かよ?”と唱えようとするも、彼女の澄んだ目線がこれを頓挫させた。


「………………」


「なんだその眼?」


見れば見るほどに黒目の奥底が知れず、魂胆を見越みこすことすらかなわない。


特に睨んでいる訳ではないが、ひどく居心地の悪い視線だった。

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