第5話女神と魔王


「どうか、あの子を助けてくださいまし」と、その女は眉をゆがめて言った。


「あの子はいま、非常なる危うい状況におりますゆえ」と。


この女というのが、何処どこをどのように見ても、いたく愛らしい。


混ざりのない肌色はちょうど初雪のようで、肩幅かたはばの狭さは、すなわち壊れ物を表すようだった。


顔は言わずもがな。 その雰囲気の方も、じつに俺好みだ。


とくに薄倖はっこうただよわせている訳ではないが、経年の苦労沙汰が、この女にはしっかりと宿っている。


仮にその箇所かしょついたところで、当の苦労話が女の口から語られることは無いのだろう。


道理ではある。


同情を誘う目的とは言え、己の貧乏をあまり棚に上げるものではない。


過去・現在の差異に関係なく、そもそも自分自身の窮地きゅうちを他者に知らせるのは、もはや狂気の沙汰である。


「どうか、ひらに」


「あぁ……」


狂気と言えばしかり。


この女は、ただ奥床しいばかりではなく、何かしら病的なものが、満身からチラチラと覗いている。


ひとえ女性にょしょうの情愛かと思えばあらず。


あくまで病的な訳だから、一向に揺るぎがなく、おそろしい。


少なくとも、こういったひとに愛される奴は幸せだろう。


頭部には、無数の装飾品があしらわれている。


その絶え間からおくれ髪がゆるりと垂れ下がり、床についた三つ指にやわく掛かっていた。


「どうか、あの子を……」


「知らねえよ。 なんで俺が?」


もっとも、険辣けんらつな世界に長いこと君臨を続けた所為せいか、女性にょしょうに差し向ける真っ当な情緒というものが、当方にはすでに無い。


ただ、一幅いっぷくの絵画か美術品を見るような心持ちで、その女の注視を続けた。


「これほど求めても駄目ですか?」


余所よそ当たれよ? 忙しい。 俺は」


この女が為出しでかした最大の厄事とは、何を血迷ったか、地獄の棟梁に助けを求めたむねである。


「神様に頼め。 そういう事は」


「……冗談じゃない。 いい加減にして欲しい」


しかし一方では、最良の選択だったとも言える。


決して一個人のために動くことのない神々と違って、当方には気まぐれというまぐれ当たりがある。

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