決着
ひばりはため息交じりに糸をほどく。
――こんな時でも司ちゃん、甘いよなー。
衝動とは無縁なのか、それともそれこそが司の衝動なのだろうかと思っていると空気が変わる。
「……まあ、このままはいかないよな」
恐れはない。既に栞が戦略を練ってくれている。
「さすがに時間をかけすぎたな、この辺りで幕引きとしよう」
伊庭が面々を見渡して、そう言う。その表情に余裕の笑みはない。
――敵を殺す目だ。
伊庭の体の全身が禍々しく変化していく。周囲の領域を潰さんと魔眼が周囲の重力が変動させる。
黒色の甲殻のような鎧を纏い魔眼が一体化する。
プレッシャーに後ずさりそうになるがこらえる。
そんな中、栞からの指示が飛ぶ。
現在の自分たちの位置は伊庭から見て左側の位置に、ひばり、栞、芳乃がいた。
右側には司、護、もみじ、仁湖だ。位置と数だけならば有利、実際、これまではこちらが押していた。
栞が練った作戦は至極単純。ひばりを除いた皆の攻撃で目を引き、止めをひばりが刺すというものだ。
これは、栞がひばりの復讐を果たさせるためではなく、止めを刺すための攻撃はひばりでなければできないものだからだ。
「さあ、狩りをはじめようか!」
伊庭が動いた。斥力による跳躍、狙う先にいるのは栞だ。
そのまま栞は反応する間もなく、心臓を刺される。そのまま、伊庭は栞の体を芳乃に向けて弾き飛ばし牽制とする。
これまでとは違う、本気の攻撃に手を出せない。
「これじゃあ、簡単にいくわけ――」
仁湖が悪態をつこうとすると突風が吹いた。
もみじが駆け抜けたのだ。
勢いそのままに加速してのもみじの刺突が、伊庭の首をめがけて放たれる。斥力による障壁をかいくぐっての一撃さえもたやすく弾かれた。
そこから、もみじと伊庭の交戦がはじまる。おそらくは、栞の作戦はもみじの足止めを考えてのものだろう。
そのことを理解して最初に動くのは芳乃だ。
「足を止めさせてもらう!」
領域にある滑走路が砕かれ、礫となって伊庭へと襲い掛かる。
そこに加わるのは護の氷の蛇だ。
「オルクス二人の渾身の領域による攻撃、簡単に防げると思うな……!」
もはや、本来の姿を保つことすらままならない状態だが、渾身の氷蛇が伊庭を喰らう。
伊庭は蛇の上顎に自らの爪を突き立ててそれを防いだが、動きは完全に止まった。
時間にすれば一瞬の隙。そこを突くのは仁湖だ。
「とっておきをくれてやるぜ! 狩猟者!」
とっておきの笑顔と共に、チェーンソーが音を響かせ、煙を上げている。
限界を超えた駆動をさせているのだ。
雷撃交じりの斬撃が伊庭の胴を薙ぎ払った。重力による防御がなされ刃は止まるが雷撃が防御を抜けて伊庭を穿つ。
「調子に乗るな……っ!」
伊庭が咆哮と共に力任せに氷の蛇を裂き、魔眼から発せられる重力を仁湖へと向けて弾く。
「へっ……やっちまえ! 司!!」
その声に応じて司が飛び出す。砕かれた氷蛇から道を作り出し、その上をスケートで滑っていく。
摩擦による熱でスケートのエッジが火花を散らす。
「加減なしで!!」
司は、滑走の勢いで身を回す。その目に躊躇いの色はなく、火炎を纏った回し蹴りは伊庭の側頭部を捉えた。
対して伊庭も変化させた身体を以て右の五指の爪を突き立てる。
互いの一撃が交錯し直撃する。
爪を抜こうとする手を司は掴む。
「行かせない……!!」
伊庭が左の爪で司の体を裂いたが司は引かない。
自分なりに引き付けようと頑張っているのか、それともダークムーンとの戦いのときの時の貸しを返すつもりなのか。
いずれにせよ。ひばりがやることはただ一つ。
――ここで終わらせるんだ!
示し合わせたかのように一つのアイテムを司と同時に取り出した。
”夢幻の心臓”と呼ばれるモルフェウス用のアイテム、それを媒介とし、自らの血と合わせて、不可視の糸を作り出す。
司は光り輝く軽装な鎧にブーツを作り出し、ラッシュを繰り出した。
ひばりの不可視の糸は自らの血に従って伊庭へと皆の攻撃の陰から襲い掛かる。その数、36。全て致命傷へと至るものだ。
いつもの自分であれば、出せない力。それを成す支えは道具の力もあるがそれ以上に心を支えるものだ。
伊庭への憎悪。
目の前で戦ってくれている仲間たちへの思い。
そして過去に散っていた仲間たちへとの思い。
それらを重ねて力としていた。
不可視の糸が伊庭を括り刺さる。途中で殺気を感じ取ったのか、払う動きをするが遅い。五指に力を籠めた。
「潰れろ!!!」
「なめるなUGN……!!!」
伊庭の纏っている鎧がはじけ飛ぶ、糸を弾き、司たちを散らした。
伊庭が体を裂かれながらひばりへと腕を伸ばし異形の爪がひばりを切り裂いた。
「ひばり!!」
芳乃が声が響く。それは逃げろ、と促すものではない。
領域内にある、弾かれた糸が芳乃の力によって束ねられる。
――仕留めろってことですよね! 支部長!
糸を手元へとあつめて、槍を作り出す。
「これで終わりだ!! くそ野郎!!」
力の限りに槍を投げる。
ひばりの槍は伊庭を胴を抉り、格納庫へと叩き込まれる。
確かな手ごたえが感じながら、ひばりは意識を手放した。
もみじは見た。伊庭に致命的な一撃が入る瞬間を。
空気が消える。刺すようなワーディングも収まる。
先ほどまでの激闘が嘘のように静まり返っていた。
戦いの終わりだ。それを感じた瞬間、頭に声が響く。
『生き延びたようだな』
伊吹のものだ。応えずにいるとふむ、と笑って。
『黙っているのはいいがさっさと逃げること勧めるぞ? マスターマインドが爆撃機を飛ばした。その周辺にいる有力なオーヴァードを一掃するつもりだ』
その言葉に舌打ちした。
それを察してか、司が近づいて来る。
「どうしたの?」
――だが、貸しを返すには丁度いいか。
「死にたくなかったらさっさと逃げな。私はあんたらとやりあう気はないから」
今は、と胸中で付け加えて刀を鞘に納める。
「待って――」
「待たない」
言い放って相手の言葉を遮り、駆け出した。まわりも止める力はないのか動かない。
「っっっ」
疲労、薬の副作用か。体に痛みが響く。それらを振り払うように駆け抜けた。気が付けばどこかのビルの屋上だ。
夜風が熱を持った体を冷ましていく、と共に全身に痛みが走っていく。
「ちくしょう」
それは痛みに対してのものか、一人で”狩猟者”を倒すことが出来なかった至らなさからか声が漏れた。
――この程度じゃ勝てない。
復讐を果たすためには強くならなくてはならない。
強くなるためには戦わなくてはいけない。
――今日は、ここまで。明日からは、また戦いの日々だ。
結末まで見届ける必要はないと判断し、もみじはこの地から去ることを決めた。
護は大きく深呼吸をした。
伊庭を仕留めただろうと、判断したが未だ警戒の状態は解かれていなかった。
もみじが最後に残した言葉のためだ。
呼吸を整えて瞳を閉じ。領域内へと意識を向けていた。
芳乃が隣で貞政と連携して周辺の情報を集めている。
「香坂さんが逃げろって、意味もなく言うかな?」
「どうだかな」
司と栞は即座に動けるように指示を待っている。
ひばりは、限界を超えた動きを取ったためか、意識を失っていた。
仁湖もスタミナが切れ、チェーンソーが機能停止によって体を横たえていた。
――ここは、俺ががんばりどころといったところか。
何もないにこしたことはないが、直感が戦いが終わっていないことを告げてくる。
「爆撃機が出たという情報がきた。どうやら”ハイランダー”の言葉は正しかったようだ……」
険しい表情で芳乃が伝えてくる。
敵は上空。高速で移動中だ、対抗策を練る時間もない。状況的には圧倒的に不利だ。
自分たちが逃げるだけならば出来るだろうが、そんな選択はない。
ならば、どうする?
司と仁湖の攻撃は届かない、時任や芳乃は攻撃向きの技は使えない。
だが、自分なら届かせることが出来る。
「”ハーベスト”位置を教えてくれ。迎撃する」
「やれるのか?」
「ここはやるしかないだろう……任せてくれ」
正直、自分も限界だが表情に出さないように努める。
オルクスの領域を通して芳乃が位置を伝えてくれる。
「おいしいやくどころじゃねえか。骨は拾ってやるよ」
へっっと笑う仁湖に対して、自らも笑んで。
「必要はない」
再び銀の髪に浴衣を纏い、舞う。
「まだ、語りたい事。やりたいこともある」
横目でひばりと司を見る。彼らは今は疑うべきものではなく友と呼べる者達だ。
この戦いが終われば離れることになるが、共にありたいと思う者達だ。
「……」
無言で栞が媒介の本を通して爆撃の落下予測ポイントを伝えてくれる。
「感謝する……さあ、最後の仕上げだ! 氷蛇!!」
顕現されるのは8M超過の氷の蛇、領域内に落とされた爆弾その全てを氷の蛇は捉えて凍結させてみせた。
意識が遠ざかっていく。ひばり同様、限界を超えたということだろう。
――ああ、だが、守れたのだな。
心地よい充実感と共に瞳を閉じれば、意識は闇に落ちた。
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