傷の先へ――

 何が起こったのか、ひばりには理解が出来なかった。

 ただ、動くには理由にはなった。

 支部長達が、全力で伊庭を殺しにかかったが返り討ちにあった、その事実だけで十分だ。

「絶対に殺す!!」

 ひばりが衝動のままに力を振るえば紅の糸が飛ぶ。

 だが、紅の糸は空中にいる伊庭に届くことはなかった。その姿は倒れ伏せている、芳乃の元だ。

「まずは一人――」

 芳乃はうつぶせの状態から身を起こそうとしている。そこへと伊庭が変化した爪を胴体へと突き立てようと振り上げる。

 その姿を見て、司と仁湖が向かう。

 ひばりは糸の狙いを変える。

 だが、間に合わない。伊庭の爪が芳乃の胴体へと突き刺さった。

 滑走路に赤黒い血が広がる、オーヴァードのためこの程度で死ぬことはない。だがその光景は衝動を揺さぶるには十分すぎる。

 ひばりが前へと出る。本来であれば前衛向きの能力ではないもにかかわらず前へと出る。そうせずにはいられなかった。

 そして振るわれるのは衝動と怒りのままに力を振るう。

「伊庭ぁぁぁぁ!!!」

 自らの腕を裂いて赤い血がしみ込んだ周囲に赤い糸を作り出すと、滑走路を裂き、空を覆いつくし伊庭へと向かっていく。

 赤の幕が伊庭へと到達した瞬間、その全てを一撃のもとに切り払い、距離を取られるが追撃をかける。

 殺す、奴を刺し貫く、抉る、その力が自分にはある。今こそ使う時だ。

 懐から、それを取り出そうと動く。

「なにをやっている!! ひばり!!」

 鋭い声が響く、芳乃のものだ。

 その声に、視線を向ける。

 そこには傷だらけの上体だけを起こして、こちらを止めようとする。芳乃の姿があった。

「……冷静になれっ」

 血を吐きながらも芳乃が言葉を紡ぐ。

「支部長!」

「大丈夫だ……この程度なら治せる。”氷蛇”が妨害してくれたおかげでな……落ち着いたか?」

 オーヴァードであっても重傷であると分かる。

「それより、大人しくしていないと」

「まだ、やれるさ」

 芳乃の視線の先には伊庭がいる。司と、仁湖と交戦している状態にある。

「・・・・…絶対に生き延びろ」

 こちらはかなり消耗している、勝算は僅か。かなり厳しい状況だ。

 それでも、芳乃の言葉は力を自分に力を与えてくれる。

 だから――

「はい!」

 迷いない返事をすることが出来た。

「そうと決まったら、とっとと終わらせるぞ」

 いつからいたのか、のそりと身を起こして栞はタバコに火をつけた。

 その姿にひばりは半目を向けた。

「本当に空気読まないね」

「読んでる場合でもないだろ」

「同意したくないけど、確かに。手はあるの? 先生」

「ま、なんとかなる、つーかしないとやべえからな――」

 そう言って栞は一冊の本を取り出した。

死者の書と呼ばれる、歪んだ王国と同じ、オーヴァードの力を高めるアイテムだ。

「俺も帰りてぇんでここら終わりにする」

 栞がさらに自身の本も展開するとページが捲られていく。

 負荷がかかるのか、栞が眉間に皺を寄せる。 

「栞、無茶を承知だが、最速で頼む」

 芳乃は視線を伊庭と戦う、司たちを見ながら頼む。

 司と仁湖、さらに護が加わって伊庭をなんとか食い止めている。

 伊庭の斥力による防御を力づくで打ち破る攻撃を何度も司たちは繰り出す。

 ――自らの浸食率を犠牲にして。

 

 

 

  

 

 

 ――絶対に死守すべき状況だ。

 護は儀礼用の刀を振るい、領域内に3度目となる八つ首を持つ大蛇を顕現させる。

 作ったところですぐに伊庭に破壊されるだろうがそれでもかまわない。相手の手数を割くことが目的だ。

「もう一度、やるぞ! 二人とも!」

 自分は、二人の攻撃をかくすための目くらましだ。

 八つ首の大蛇が伊庭を食らわんと様々な方向から襲いかかる。

 伊庭はこともなげに、それらを切り払う、あるいは重力球で潰していき、空中へ。

 司が氷の大蛇の上を錬成したブーツのエッジを使って滑走する、そしてその勢いのまま側頭部を狙った蹴りを放つ。

 それは斥力の障壁の事を考えない、隙をついただけの一撃は障壁に阻まれながらも伊庭を地面へと弾き飛ばす。

 その先に続くのは仁湖だ。

 仁湖はチェーンソーの駆動音を響かせながらフルスイング。対して伊庭は変化した爪を振るって応じた。

 どちらも防ぐことを考えずはなった一撃は互いの身を裂いた。

「楽しませてくれる――」

「こっちは全然楽しくねーけどな!! とっととくたばれ、くそおやじ!!」

 伊庭の余裕の表情を崩さず、こちらは負担が溜まっていく。

「大丈夫? 護」

「問題ない――まだやれる、そちらこそ無理をするな」

 横に並んだ、司の言葉に静かに答えた。僅かに視線を向けると、相当無理していることが見て取れた。

 乱れている呼吸、追いつかない再生、ふらつく体。

 激戦の経験はあれど、未だ経験不足が故だろう。長期戦はできない。

『……あと一合。持たせてくれ』

「了解」

 芳乃のオルクスを使った交信に頷いて応じる。

 こちらは浸食率を考えなければ最大の氷蛇はあと二回。放つことが出来るが、前衛の疲労と消耗が激しい。

 司と仁湖が弾き飛ばされてこちらまで来る。

「二人とも……」

「言われなくてもやってやらあ!!」

 言い終えるより早く、仁湖が飛び出す。消耗を感じさせない動きだ。

 一方で司は片膝をついて、呼吸を整えていた。

「やれるか?」

「大丈夫だよ、まだ戦える」

「そうか、だがそろそろ終わらせてもらおうか」

 一瞬にして伊庭が距離を詰めていた。狙いは司。

 不意をつく動きに、反応が遅れた。

 禍々しい爪が司の頭を狙って振り下ろされる寸前、伊庭の胴を刀が貫いた。

「隙、ようやく見つけた」

 伊庭の背後には笑みを浮かべるもみじがいた。



確かな手ごたえを、もみじは感じていた。

完全に伊庭の意識は目の前の優男に向いていたからこそ一撃を入れることが出来た。。

――この隙を逃す手はないってね。

あまりのダメージに意識は確かに飛んだ。仮死状態とも言える状態になった。

意識を取り戻したときには先ほどのUGNの連中が戦っていた。そこで選んだのは意識を失ったフリをして隙をつくというものだ。

情けない手だ。だが、雪辱を晴らす手としては理想的だった。

「獲物と思ってなめているから――」

狙いは心臓だったが僅かにずれた。あの一瞬で反応したのは流石というべきか。

「けど、これで終わり」

 もみじは力任せに刀を脳へと走らせようとするが刀は胴を貫いたまま動かない。

 否、動けないように。固定されていた。

 重力を用いての固定だ。

「不意打ちを受けるのは久々だ」

 伊庭の振り向きざまの一撃にもみじは距離を取る。伊庭は刀を捨てて空中へと逃れ、司の蹴りを避けた。

 そのまま司は捨てられた刀を、もみじへと放れば受け取る。

「ありがとうとは言わないわよ」

「戦ってくれれば十分だよ」

 お互いに言って、駆け出す。

 今の自分の状態は良いとは言えない。

 傷口の再生こそ終わっているが疲労と薬の後遺症か頭痛がある。

 だが、能力はいつも以上に扱える。

 伊庭の操る重力球、その隙間を見極めて避ける。無駄な加速も力も入ってない最低限の力だけの回避が出来る。

 相手の障壁の位置も分かる。砕かれた滑走路の粉塵の動き、破片がわずかにぶつかる音、それらがヒントになる。

 相手の戦い方も判明している。

 重力球で足を止めてからの爪による一撃。

 手数による足止めからの一撃必殺。狩猟者の二つ名が示す通りの戦い方だ。

 一見無茶苦茶に見えるが確実に相手をしとめる。暗殺者の技。それに対するには重力球による攻撃を避け続けるのではなく、かいくぐり。

る、攻撃の手を止めないことこそが勝つための術の一つだ。

 スライディングで伊庭の真下へと潜り込み、跳ねる。その先にはセスナ機がある、それを用いての三角跳びだ。

 司がその間に柱を錬成して蹴り飛ばし援護してくれている。

 余計ないことを、と思いながら障壁の位置を定め微調整を試みると伊庭は、司からの攻撃に構わず、こちらへのカウンターとなる一閃が放たれる。

 「なら、その腕ごと斬り飛ばすし!」

 攻撃のルートを確保するためにそこには障壁がない。並みのオーヴァードなら追いつけないだろうが自分なら出来る。

 故に躊躇わずに一閃を抜き放つ。

 黒と白の一閃が交錯する。お互いに一撃を弾いた形だ。

 もみじが弾かれた先には司が蹴り飛ばした柱がある。

 「これならどう?」

 柱を蹴り砕く勢いで跳躍。その勢いのまま大上段からの一閃。

 最大のスピードと力が加わったその一撃は伊庭を袈裟懸けに裂いた。

 「ぐっ……」

 伊庭は苦悶の声を上げつつもそれでも追撃は許さないと一気に距離を取られ重力球がばらまかれる。

 身動きの取れない空中。食らうつもりでいたところを一気に地上へと引き寄せられる。

 ひばりの糸によるものだ。

 どうやらUGN側も持ち直したようだ。と、思考した瞬間、空気が変わった。

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