戦士たちの夜
チームを分ければすぐに護達は動き出した。
目的は護衛対象であったはずの要人の確保。
少し遅れてひばり達は伊庭の元へ向かう手筈になっている。
いきすがら車の中で芳乃から説明を受けていた。
「今回の一件、裏で動いているのは”狩猟者”のターゲットであるUGNの幹部であることが栞と鍵谷の情報収集で分かった」
その言葉にマジかよっ! と仁湖は反応を示す。栞は涼しい顔だ。
「これを看過することは出来ない。だが、伊庭を放っておけないのも事実だ、そのためにチームを分けた」
「成程」
この件を全力を出せる二人を伊庭に向かわせたのは正解だだろう、と護は頷いて答える。
「我々は早急にUGNの幹部を確保後、ひばり達と合流し、伊庭を叩く」
「抵抗した場合は?」
「交戦を許可する」
仁湖の質問に芳乃が答えると、仁湖はにやり、と笑みを浮かべた。
その様子を栞はやれやれだなと、呟きを漏らしていた。
車を止めれば目指すのは空港から程なくしたところにある、野球場。
既にそこも戦場だったようだ。
グラウンドは割れ、付近の木が倒れ、火災が発生している。
そこにいるのは一人の恰幅のいい男だ。ブランド物のスーツに整えられた金髪、身なりからして上流階級の人間と分かる。
その男は狂気に歪んだ笑みを浮かべて、護達を見た。
「”オールドナイツ”キーリー=アルミクス。大人しくこちらに来てもらおうか」
「”ハーベスト”か、思ったより早かったな」
芳乃の言葉にキーリーは体が変質していく、肉が裂けて体が形成されるのは細身の骨の騎士の様相、そこに金色の盾と槍。
エグザイルとモルフェウスのクロスブリードだ。
「一応、無駄でしょうが。何故こんなことを?」
キーリーの変化に動じることなく芳乃は淡々と問いかける。
「最高の戦いを演出するためだ。この場に集いし、一騎当千のオーヴァード、それらを潰すためだ。何の疑問がある? オーヴァードであれば、自らの力を振るいたいのは何の疑問もないだろう?」
「まともな思考じゃねえな。こいつはもう駄目だ、支部長」
ちっと仁湖は舌打ちをしてチェーンソーを構えた。
この男は自らの衝動に負けて、こんな凶行に走った。
だが――。
「もはや、同情の余地はないな。交戦開始!」
芳乃の凛とした叫びと共に、目が見開かれ、領域が広がる。
応じるようにキーリーからワーディングが放たれる。
放たれる圧こそは強いが、伊庭のものには劣る。
「ああ、やはりいいな。精鋭の覇気、滾る、滾るぞ!!」
雄たけびと共にオールドナイツが骨のランスを構えて向かってくる。
それに対して迎え撃つのは仁湖だ。
ランスとチェーンソーが交差する。お互いに一撃が決まるが即座に再生して向かい合うとお互いにけん制するようにワーディングを叩き込む。
「とっととしめるぞ!」
「分かっている!」
護は仁湖に答えつつも全力は出さない。後の戦いこそが自らの戦いと考えているためだ。
――だが。
「まあ、なんとかやるさ」
煙草を吸いながら栞は気が付くと光り輝く本がその手に持っている。
その本はレネゲイトの塊、時任栞の一部を形にしたものだと、護は感覚で理解した。
「ジャーム相手に容赦はしない」
芳乃の展開された領域の大地がキーリーの動きを阻まんと動く。
その全てを砕かんとキーリーは槍を振るうが大地の壁は厚く、崩れない。
「おい、イケメンとちびっこ、全力で一発ぶっ放せ」
不意の栞の言葉に疑問を得て一瞬、護は躊躇うが。仁湖は真っすぐに突っ込んでいる。
「おっさん、後で覚えてろよ!!」
チェーンソーの轟音を響かせながら、チェーンソーを投擲、紫電をそれが夜空に舞う。
全力の一撃に対しオールドナイツは盾を構えるが砕かれる。
「ったく、年寄りのジャームとかめんどくせえな!」
戻ってきたチェーンソーを受け取る、入れ替わりに護は前へと出た。その時には本来の姿へと変わっていた。
雪女のレネゲイトビーイングとしての姿だ。黒の髪は銀へと変わり、装いも白の浴衣のものになる。
周囲の水分が冷気を帯びて霧が出来ていく舞うように儀礼用の剣を振るえば一際巨大な氷の蛇が顕現する。
”氷蛇”のコードネームを持つ護、最大の技。
「食らいつくせ、”氷蛇”!!」
進路上の全てを凍てつかせ砕いていく。オールドナイツはそれに対して金色のランスを変形させて巨大な手を作り出すと氷蛇の進行を止めた。
「ぐっ……ナカナカニヤルナ”氷蛇”、だがまだ――
「余裕を見せない方がいい」
キーリーの作った手が凍り付いて砕かれていく。
「悪いがおっさん、これで終いだ!」
護の背を蹴って、仁湖がキーリーへと飛び掛かる。
凍った巨大な手を砕き、紫電を纏ったチェーンソーによる斬撃がオールドナイツの体を捉えた。
一撃必殺。しかしそれはジャームでなければの話だ。
「甘いわ! コムスメガァァァ!!!」
オールドナイツの体が両断された上半身から蜘蛛のような骨の足が生えると同時にそれぞれが護達の体を抉る。
――だが、誰一人とて止まらない。
自分たちが倒すべき相手はこの先にいる。
だから、と護は一歩先へと出て腕を振るう。骨の足を先端から凍り付かせていく。
「終わりだ、これで」
新たな氷の蛇が生み出されればキーリーの体を再生不可能な程に砕いた。
戦いの時間は僅かなものだが消耗もあるが、戦える。浸食も余裕がある。
涼しい顔で一服している栞を、護は実感した。
時任栞のレネゲイトビーイングの能力を書物を用いたものだ。
ノイマンとしての情報処理。それらを他のオーヴァードへと分け与えることで無駄のない攻撃を放てるようにすることや、他のオーヴァードの浸食を肩代わりする。
今も仁湖、護二人、最大の攻撃のレネゲイトによる浸食を栞は食らったが何も問題はないようだった。
護の視線に気づいたのは栞も目を向けて。
「なんだよ?」
「いや、助かった。感謝する」
「話している場合じゃない。ひばり達が気がかりだ」
頷いて応じ、戦いの場へと走る。
5分が経過した。
勝敗は決した。はじめから分かっていたことだ。
その瞬間にひばり達は動いた。
もみじが体力が尽きたのか滑走路に横たわっている。
伊庭が止めを刺さんとする中で踏み込む。
どうやって突入するか、そんな打ち合わせはしていない。大体どうするかは分かる。
――手葉ちゃんは甘いから。
死んでいるかもしれないもみじを救おうと司は動くだろうと考える。
ならば、することは決まっている。狩猟者に向けての攻撃だ。
考えた通りに司はもみじの元へ。狩猟者は止めを刺さんと禍々しい爪を振り下ろさんとしている。
ひばり達の攻撃は斥力による障壁で弾くつもりだ。
対してひばりは赤い糸を作り出せば司ともみじの間に割って入り、瀑布のような糸の雨を放った。
狩猟者の視界を奪い、司がハイランダーを救出するための時間が稼ぎのためのものだった。
狩猟者は直撃を被ったように見えた。
――浅いか!
返される手ごたえに半歩下がる、瞬間、胸に痛みが感じた。
狩猟者の反撃の一閃。ひばり達に向けられる視線はこちらを獲物として認識したものだ。
糸が霧散すれば、ひばり達と狩猟者と間合いを開けた状態になる。
瞬間。
氷の蛇が狩猟者へと襲い掛かるがこともなげに狩猟者はそれらを切り払う。
後方から護達がやってくる。
「無事か?」
「大丈夫です!」
芳乃の言葉に即答でひばりは返す。
戦況は数の上では有利。加えてこちらにも切り札がある。
――やってやるさ。
「昨日の、続きと行こうか」
伊庭が顔を歪めて笑みを作るとワーディングが放たれる。
もみじと戦ってきた以上のものだ。各々の体内の衝動が刺激される。
ひばりの持つ衝動は「加虐」。
普段であれば抑え込んで戦いに臨むが。今は違う。
――こいつも、俺の力だ。
衝動すらも攻撃のための力として用いて支配する。
衝動との戦いは僅かな時間のものだ。
戦いが、はじまった。
芳乃が領域を支配する。
栞が本を作り出した。
仁湖と護が間合いを詰める。
ひばりはその中で糸を上空へと放る。
狙うは上下左右を絡めた、集中攻撃。
急造でもこうした連携が出来るのは栞の力だ、ノイマンによる思考能力を分け与えることで一時的に皆能力を強化することで最適なタイミングで攻撃を絡める。
護と芳乃が氷の蛇と大地をめくることで作った檻が狩猟者の動きを捉えた。
そこからの攻撃であれば通るだろうと考えてのものだ。
伊庭も防御の構えを取り、仁湖と司の一撃を受けて弾き飛ばされた。
顔からは笑みは消えていない、余裕ということだろう。
伊庭が空中から重力による波動を放つ。
周囲の空間を歪め、滑走路を圧壊させる一撃はオーヴァードの身体であっても同様に砕いた。
骨も内臓も等しく潰されるが即座に再生させる。
「普通の攻撃では届かないか……」
「面倒なこった」
距離を取りながら芳乃が分析し、それに合わせて栞が再び戦術を練る。
その時間を稼ごうと、護が三つ首を持つ氷の蛇を作り出す。
氷の蛇は伊庭を目指して三方から襲い掛かるが重力球で崩される。
司がさらに氷柱を作り出して蹴りだしていくが斥力の障壁によって弾かれる。
蹴りだされる氷柱を仁湖が足場にし、雷撃を放つ。
伊庭の斥力による障壁が全体を覆うものではなく、ところどころを守るものであると理解したのだろう。
それに加わるようにひばりも糸を束ねて飛ばす。
仁湖の雷撃とひばりの糸による攻撃が障壁の隙間を捉えれば真っ先に仁湖が雷を纏ったチェーンソーの一撃が放たれた。
「容易いな」
それより早く、伊庭の爪による刺突が仁湖の胴を抉り、蹴り飛ばす。仁湖はその身を再生させているが止めを刺さんと伊庭は狙っている。
――隙をついての一撃か、仁湖を助けるか。
後者をひばりは選んだ。糸を絡めて仁湖をこちらへと引き寄せて、伊庭の追撃の一撃から引き離す。
「生きてる?」
「ぎりぎりな……貸し一つだ、ちくしょう」
問いに、仁湖は忌々し気に悪態をついて、空にいる伊庭を睨む。入れが割るように司が空へと跳んで接近戦を挑み、斥力障壁を崩そうとする。
司の持つレネゲイト殺しである”抗体種”の力、以てしても鉄壁の防御を崩すことが出来ず地上へと戻ってくる。
「くっそー」
――やはり、無理なのか?
そんな言葉が脳裏に過る中、一人前へと出る者がいる。
護だ。
戦況は不利だ、と護は判断すると栞から一つの指示を受けた。
懐から取り出すの西洋の城のレプリカだ。伊庭の一撃で砕けていないことに安堵し、握りしめる。
それは歪んだ王国と呼ばれる。オルクスの力を最大限まで高めるための道具。
それを用いて護は領域を拡大する。単純な距離だけの拡大ではない。周囲の大気、重力に至るまでを自らの支配に置く。
それによって、斥力の障壁をも取り込もうとする。
「手を貸すぞ。”氷蛇”」
隣に芳乃と栞が並び領域を展開していく。
栞が本をなぞると光の文字が体へと入り、領域の形成を最適化していく。
3人がかりよる、領域支配。だが、それを許す程。敵も甘くはない。
伊庭の魔眼から重力球による一撃が放たれる。
一瞬早く、栞が前に出て。その攻撃を受け止める。
「ほう、体を盾としたか」
「っ……」
激痛に顔を歪めながらも栞はその場にとどまると、視線をこちらへと送ってくる。
そう長くは保てないということだろう。
「はぁぁぁぁ!!!」
裂帛の気合とともに隣の芳乃が声を上げて、掌握した空間を操り。狩猟者のその動きを止めてみせた。
「凍てつけ!!」
さらに氷の中へと狩猟者を閉じこめた。
――このまま貫く!
渾身の力を籠めて氷の大蛇を作り出す。
ひばりの憎しみの根源ということは分かっている。討たせるべきだろうとも思う。だが、そんなことを言っていられる相手ではない。
氷の大蛇が牙を以て伊庭を貫かんとした瞬間。
伊庭が笑みを浮かべた。
それを見た直後、自らの左半身が吹き飛んだ。
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