運命の五分

 夕闇の空の下、香坂もみじは飛行場の滑走路を駆けた。

 既に狩猟者がこの場に来るであろう要人を狙っているという情報は聞いている。

 腕を振るえば相手は一閃の元に斬り伏せられる。

 相手が手を出すより早く、何よりも早く障害を打ち払う力。

 ――これだけの力があれば、狩猟者とも渡り合えるかもしれない。

 そう思わせるには十分な程の敵を屠った。

 その結果、狩猟者は再び姿を現した。

「ほう、なかなかに興味深い」

 狩猟者が変化した爪を構えた。

 言葉に応じることはない。

 間合いを一歩の内に詰める。刀のリーチより、なお近いそこから放たれるのは当て身だ。

 高速を以て放たれる当身は狩猟者の不意をついて、弾く。そこからの刺突を狙うが狩猟者による斥力の障壁で弾かれる。

 ――煩わしい。

 距離が空く。

 ――イマのワタシは最強だ。

 ふらつく体を無理やり動かす。

「こちらから行くとしよう」

 意アバが瞬時に目の前に来て、爪が振り下ろされる。

 それより早く、こちらも刀を振るうが間に合わず肩を抉られるがすぐに再生させて反撃するも再び障壁に阻まれる。

「ふん、小細工をして、この程度か」

 伊庭はつまらなさそうに言って蹴りを放つ。正面から受けて弾き飛ばされる。

 ――痛い、頭がぼーっとする。体が熱い。

 まるで、自分がそこにいないかのような浮遊感がある。

 伊庭は既にこちらを殺す構えだ。

 ――違う、私はこんな弱くない。

 薬の影響か、体は痛み、思考の速度に対して体がついていかない。

「なめるな――」

 それは狩猟者に対してか、薬の影響に対してのものか。

 憤りのまま、もみじは咆哮を上げた。

 そうしている間にも伊庭から重力で作られた弾丸が飛ばされた。

 だが、今は問題にはならない。

「香坂は強いから」

 自らに言い聞かす。

 瞬時の移動で弾丸を避けて立つのは伊庭の背後。返すのは抜刀による攻撃。

 伊庭も振り向きざまに爪を振るうがそこに姿はない。

 障壁によって攻撃が阻まれるのであれば、その反応より早く、重い攻撃を繰り出す。

 思考と同時に既に体は動いている。

 不意打ちを加えての三重の抜き打ちは狩猟者を捉えた。

 それだけだった。

 三重の攻撃をもってしても障壁は破れずその一撃は正面で止められた。

「惜しかったな!」

 伊庭が爪を横薙ぎに振るった。だが、それより早く今のもみじは動く。

 薙ぎ払らう爪に対してのカウンターの一閃は障壁に阻まれることなく手首を跳ね飛ばした。

 続く二撃目で止めを刺そうとするが狩猟者の蹴りからの重力の弾丸弾き飛ばされる。

 再び距離が離されれば互いに笑みを浮かべ、斬られた体を再生させる。

 ――なんとか、戦えてはいる。

 そう判断するのは自分の体の負荷だ。

 伊庭の反応速度と防御を抜くだけの攻撃を繰り出すには内臓、神経、筋肉あらゆる場所を限界以上に動かなければならない。

 傷は塞ぐことは出来るが痛みによる体力と精神の摩耗は避けられない。

「さあ、もう一度だ」

 激戦がはじまった。




 UGN、FHをはじめとした組織が各地で戦闘を散逸的に戦闘を開始。

 その中で、ひばり達は一直線に伊庭を狙って動くグループとこの事態を招いた主犯倒すグループと別れた。

 伊庭を狙うのはひばり、司の二人だ。

「無理をせず、足止めか」

 確認するように任された役割を呟く、司にひばりは頷いた。

 ――信用してるってことだよな。

 そのうえでこちらが自分たちは適任ということだろう。

 ワーディングの気配がそこかしこで確認されている、大きな戦いになっていることが肌で感じられる。

 直感的に、ひばり達は戦いを避けながら進んでいけば飛行場が一望できる公園へと辿り着いた。 

 狩猟者を狙うには絶好のポジションにも関わらず他のオーヴァードはいない、ここからでも感じられる、感じただけで心臓に突き刺さるようなワーディングのせいだ。

 そんな中、慎重にひばりは司と共に公園へと入り高台である丘へ進み。見た。

 ――二人の人ならざる者の戦いを。

 一人は言うまでもなく伊庭。そしてもう一人はハもみじだ

「抑えろよ、手葉ちゃん」

 司が前に出ようとすれば手でそれを制す。

「支部長が言ってただろ、必ず助けるって」

「……うん」

 何とか抑えている。司が強く握った拳でそれが分かる。

 そのおかげでひばりは逆に冷静さを保てている。

 ――ここで前に出れば、手葉ちゃんが死ぬかもしれない。

 二人の事を分かっているが故の組み合わせ。

「さすが……支部長」

 小声で言って、ひばりは戦いを見た。

 ――互角か?

 そんな印象を得る。

 伊庭の振るう爪や重力の弾丸をかいくぐって、もみじが刀による目にもとまらぬ斬撃が放たれるが、弾かれる。

 どちらも決定打はないが滑走路を赤く染めていく。

 もみじの血だ。

 ハイランダーは身を削って文字通り捨て身の攻防を繰り広げているのだ。このままではいずれ力尽きるのは、誰の目から見ても分かる。

 ――だからこそ、手葉ちゃんは我慢できないだろうな。

 「五分、五分したら行こう。手葉ちゃん」

 「……わかったよ」

 なんとか、司がその場で戦うことを抑えた。

 長いとも、短いとも捉えることの出来る五分だ。

 五分経てばどうなるか?

 これまでの因縁を断つための戦いが始まる。

 それまでに芳乃達はやってこれるのか。

 もみじは耐えられるのか。

 全ては、この五分で決する。

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