穏やかな朝
夜が明ける。一通り情報収集を終えればば皆で眠りについたがひばりは目を醒まし、コテージの外へと出た。
澄んだ朝の空気を感じながら深呼吸を一つする。
――落ち着いている。
自分でも意外な程に感情を抑えられている。狩猟者と対峙すればどうなるかは分からないが。
「”キャッツクレイドル”か」
「……確か、尼崎だっけ。何してんの?」
正直、よく分からないので避けたいが、声をかけられた以上無視もできない。
「外の警備と。靖音、俺の大事な人への電話だ」
「ふーん……立ち話もなんだし、その辺で話さない?」
ストールを巻いたイケメンのレネゲイトビーイング。当面は支部長を狙うことはないだろうが油断はできない、探りを入れるとしよう。
近辺のコンビニの駐車場に缶コーヒーを片手に地べたに腰掛ける。
「どんな子なの?」
「一般的に見れば可愛らしくスタイルも悪くないだろう、年の割には大人びているようにも感じるな。友人も多く、面倒見が良い他には――」
「うん、悪い。聞き方悪かったかな。尼崎から見て、その子のことどう思っているの? その感情的なもので」
すまないと、謝って尼崎はそうだな、と考えているのか宙を見て。
「愛しい、だろうか。この言葉がしっくりくる」
さらりと真顔で言ってのける護の言葉に一瞬固まるが、すぐに冷静になって。
「意味わかってるかな? ……それで、どうしたいの?」
「今は、抱きしめいという気持ちだ。デートもしたい、将来的には家庭が出来たら良いとそんなことを考えている……おかしいだろうか?」
「い、いや。全然。なんかすげえなって思った」
――司ちゃんとは違うけどこいつも真っすぐなんだな。
レネゲイトビーイングも人間と同じで様々ということだろう。
「こちらからも聞いていいだろうか? そちらの支部長に対して普段はその、どんな恋愛的なアプローチをかけているのだろうか?」
「……どーして、そんなこと聞くのかな?」
「情けない話だが靖音と付き合ってるとこう、どうにもぎこちなくリードをしてもらっている状態でな。たまにはこう、こちらからも返したい」
なるほど、と思いつつ。これまでの支部長相手にどんなことを仕掛けたか振り返る。
――あれ? 割とドストレートに思い伝えてね?
思い当たる方法はあるが、正直ストレートで行けばいい気もする。
こちらはうまくいってないが支部長が極端に鈍いのが敗因だ。
――イケメンだし。
「あの、なんというか。普通に好きって伝えればいいと思う。それこそ二人っきりの時にしっかり抱きしめるとか」
「……伝わるのか?」
「余程、鈍くなきゃわかると思うよ」
「そういうものか。感謝する、”キャッツクレイドル”」
「その、コードネームでなくてもひばりでいいよ。尼崎」
「そうか、じゃあ、ひばりと。」
「俺も護ちゃんって呼ぶし」
構わないと、護が応じれば二人で缶コーヒーを口にする。
「しかし、ひばりもなかなかに支部長に思いが伝わらず苦労しているようだな」
口の中の微糖のコーヒーがわずかに苦くなったきがした。
「分かるの?」
苦笑して尋ねれば、うむと、護は頷いて。
「ひばり側からの思いを発信しているが、支部長は個人的な思いというのを発信しているようには見えない」
割と鈍そうな護でさえも気づかれるぐらいなのに支部長は何故気づかないのか。
大きく肩をすくめた。
「そうだよ、苦労してるんだよ」
「……それに対して俺が出来ることは目先の戦いに加わることと、ささやかながらうまくいくように願うぐらいか」
「十分だよ」
「疑問を一つ、いいだろうか?」
首をかしげる護にうなずいて応じて続きを促した。
「ひばりは、最終的に支部長に愛を伝えてどうしたいのだ?」
「実は、あんまり考えてなかったりする」
本音を話す。想像が及ばないといった方がいいかもしれない。
一緒にデートがしたい。話がしたい、傍にいたい。そういう欲求はあるけれど――
「なんにせよ、支部長に思いを伝えないとその先なんて全然、分からないし」
「そういうものか……人によるのだな」
「司ちゃんにも聞いてみたら? 好きな人いるし。ためになるかもよ」
本人は全力で否定するだろうが。 まあいいか。
都合の良いことにちょうど、司がコンビニへとやってくる。
「あれ? 二人仲良くなったの?」
「ん、恋バナ中。手葉ちゃんもどう?」
「いや、俺関係ないし」
「またまた、若菜ちゃんとはどうなの? ん?」
「だ、だから、そんなんじゃねーし!」
赤い顔して否定されてもなーと苦笑する。
さらなる護の追撃に司はたじたじな様子。
今日の夜は決戦だというのに呑気だ。
――ああ、なんか。久々だな。こういうの。
ふいに、過去のパートナーの思い出が重なり記憶のフラッシュバックが起きる。
記憶の中に確かにある大事な人、そして奪われたもの。
また、あの時のような結果になるのではないか。こうして幸せな時間を過ごしているとそんなことを感じた。だからこそ自分が守らなくてはという思いに駆られるが。
――大丈夫だ。
そう、言い聞かせる。
それは今、目の前にいる。司が自分にかけてくれた言葉だ。
確かに昨夜の戦いは勝つことは出来なかったかもしれないが、まだ、負けていない。
「ひばり?」
「ひばりちゃん?」
緊張や焦りが表情に出ていたのか、心配そうに司と護が声をかけてくれる。それには笑顔で応じた。
「なんでもないよ。ありがとう、二人とも……っで、手葉ちゃんと仲の良い女の子の話だけど――」
「だーかーらー!!」
真面目な表情で護は、司から話を聞こうと質問を飛ばし、自分は冷やかす。
そうこうしているうちに集合の時刻になる。ここから先は戦いの時間だ。
昨日と同じように皆が集う、昨日と違うのは緊張感だ。
伊庭の強さを目の当たりした上での話し合い。
――もはやどんな作戦も無駄ではないか?
あの強さを見ればそう考えるのが自然だが幸いにしてこの中には諦める者はいない。
「鍵谷、新しい情報はあるか?」
真っ先に口を開くのは支部長である芳乃だ。
貞政は低く唸って。
「あんまりよくない情報だ。FHをはじめとした組織が動き始めた。やっぱ、どこの組織にとっても”狩猟者”は邪魔みたいだな」
「強い奴がたくさんいるってことだよな」
緊張した表情で話す司の隣に座る護が手を挙げた。
「疑問だが何故、今回に限って”狩猟者”の情報がこうまで漏れている?」
「それは確かに気になるところだな。鍵谷、時任、他に情報はないか?」
首をかしげる護の言葉に芳乃が応じた。
栞と貞政がスマートフォンを操作する。
しばらくすると、栞は舌を打った。
「どっかの馬鹿が邪魔なオーヴァードを一掃するために、煽ってるやつがいる。今のところ、狩猟者の狙いまでは漏れてはいないようだぞ」
狩猟者の情報をあえて流してオーヴァードを集めている。
「どうしてこんな手を?」
司が首を傾げる。
「伊庭を倒すとなればそれなりの強さを持ったやつをぶつけていく必要が出てくるからじゃない?」
「策としては下策。だが。効果は見込めるか」
ひばりの答えに、芳乃はため息を一つ、ついて。
「こうなってはUGNも動かざるを得ないだろう……しかし、”狩猟者”は我々が倒すべきだろう」
ちらりと芳乃が司へと視線を向ける。
「どうやって?」
護の疑問の声に、にやり、と芳乃は笑みを浮かべて。
「伊庭は強いものを求めている、その中には香坂もみじもいるだろう」
「……利用するんですか?」
「結果的にはそうなる、だが、必ず助けるさ」
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