狂人
――体は動く。
もみじは夜の街を駆ける、人気のない公園までやってくれば足を止めた。
ここまで動いたが体に影響はない。傷による影響はない、完全に治癒は済んでいる。
「異常はなさそうだな」
そのタイミングを図ったかのように声をかけられる、その声は聞きたくないものだ。
銀のフレーム眼鏡にストレートロングの黒髪の女性に矮躯、伊吹彩夏。
オーヴァード同士を戦わせるコロシアム、”ファイト”の主催者。
「随分、暇人だね」
「ああ、こうして出向くぐらいにはな」
「”狩猟者”に用があるの?」
「いや、”狩猟者”に今は興味はない、あれはただの強いオーヴァードだ。それ以上に私のものであるお前が壊されるのが気にくわない」
殺意を向けた視線を向けるが彩夏は笑みを浮かべるだけだ。
「力が欲しいのだろう?」
「……」
舌を打った。
先の戦いで自分の力が至らないのは分かっている。
「”狩猟者”相手に今のお前では足りん。本来の性能を出したところで万が一というところか」
言っていることは真実だ。
しかし、こいつに力を借りたら何を要求されるか分かったものではない。
対象を生かしたまま地獄を見せるような女だ。
辺りに霧がかかる。その発生源は彩夏からのものだ。
「――まあ、返答は聞いていないのだがな。お前もまた私のものなのだから」
こちらへ仕掛けると見れば反射的な動きで抜刀による一撃を背後の気配へと向けて見舞う。
それは狙いをたがわず背後から襲い掛かろうとした彩夏の配下であろう研究員を斬り捨てた。
その間に、彩夏の気配が消えていた。
「すぐに目の前に気を取られるな、お前は」
首筋に何かを撃ち込まれた痛みが走る。
急激に体温が上昇し、膝をつくと霧が晴れていく。
目の前には注射器を持って高笑いをする彩夏の姿があった。
刀を振るおうとするが力がうまく入らない。
「何を撃ち込んだか。知りたそうだなぁ、”ハイランダー”。うん、教えてやろう」
こちらを子ども扱いするかのように頭を撫でながら嬉々として彩夏は話し始める。
「分かりやすく言うならばレネゲイトウィルスを支配下に置くための薬だ。これを用いることで自らの意思でオーヴァードとしての能力を自由自在に操れる、ジャームとしての力もな」
燃えるような熱と痛み、視界が、かすむ。
――ああ、くそっ。
意識が落ちようとしているが気力で上半身だけ起こす。
――こんなところで、負けてられない。こんなことじゃ。
「五分もすれば戦える状態になるだろう――せいぜいチャンスをものににするがいい。データはしっかりとらせてもらうさ」
「このっ!!」
ままならない体を意識のみで身を起こした。
頭の中には自分を助けてくれた赤毛の男が浮かぶ。
どこまでも素直で、純粋そうな男だ。
――あんな、甘い男に負けない。
それを見れば彩夏は感心したように肩をすくめる。
「ほう、これは予想以上だな……感情による強化か普段抑え込んでいる分秘めた力があるということか」
彩夏が語る言葉が煩わしい。型も何もない、たた力のままに斬撃を振るう。その一閃は舗装された歩道を断ち、近くにあった大木を叩き斬ったが、目標には当たっていない。姿が消えていた。
「好き勝手しやがって」
一人呟くが答える者はいない。
得た力は大きいが、まだ馴染まない、気を抜けば必要以上の力が出てしまう。
大人しく待つべきだろうが、その時間が惜しい。
苛立ちを地面へとぶつけて駆け出した。
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