戦う理由

 ひばり達はアジトに戻ったが安堵の空気になることはない。未だ、”狩猟者”は狙っている可能性があるということと。

 ――どうやって戦えばいいのか。

 改めて対峙することでその強さを目の当たりにした。これまで戦ってきたどの相手よりも強い。

 どうにか逃れることはできたが、どうすればいいのか?

 そう思いつつも皆で警戒しながらアジトへと戻った。

 昼の空気より当然のことながら重い。

 「さて、今後の計画を立てるとしよう」

 そんな中、臆せず芳乃は口を開いた。いつもの調子で何事もなかったかのように。

 「計画ねぇ……正直なところどーみるよ? 支部長さん」

 「戦力差は圧倒的だな。7人がかりで勝てるかどうかだな……今のままでは、な」

 「含みのある言い方だな。策があるのか?」

 護と仁湖の言葉に芳乃はうなずく。

 ――流石、支部長。

 「流石、支部長!」

 心の声が自然とこの人相手には出てしまう。

 「人員の増加は出来なかったが……そろそろ来るはずだ」

 呼び鈴が鳴らされるとドアが開かれた、そこからやってくるのはサングラスにバンダナといかにも胡散臭い、鍵谷がそこにいた。

 「待たせたな、人使い荒いっすねぇ」

 一つの小包みが放られれば芳乃はキャッチし開封した。

 「――なるほど。人員が増やせないが物資はその限りでないわけか」

 「そういうことだ。今の私たちであれば使えるはずだ」

 小包の中身から取り出されるのは特殊な結晶やミニチュア、本等だ。

 詳細は分からないが自分たちの力になるものだろう。 

 「この上で作戦を練る。だから、無茶をするのはまだ先だ」

 そう言って、自分や司、護たちに視線を向けてくる。それは

 信用がないのではなく心配しての言葉だ。だから気を悪くすることもなく笑って返す。

 ――なんかいけそうな流れだ。

 「本当に、ここで倒すべきなのか?」

 その流れを断ち切るような一言が護から発せられた。


「今回のUGNとしての目的は伊庭の力と情報を測ることだ。そういう意味では戦う目的はある程度果たした、と言える」

「……まわりくどいのは面倒くせえ、何が言いたい?」

 栞に本題に入るように促されれば一つ頷いて。

「ここで引いて出直すという手もある。確実を期するならそうするべきではないか?」

 何故、そうまでして彼らは戦うか、その訳が知りたくなった。

 だからこうして心にもないことを言えてしまう。

「引きたいなら引けよ。俺たちは戦う」

 冷たくひばりは言い放つ。視線を司へと向ければ司は申し訳なさそうに頭を下げる。

「すいません、俺も、それは俺もできません。」

「怖くは、ないのか?」

「怖いです、正直、めちゃくちゃ怖いけど――。約束したんでひばりちゃんを手伝うって」

 ひばりの、復讐の事だろう。

 真っすぐな男だ。

 伊庭の脅威以上にひばりを捨て置けないのだろう。

「遠藤ひばり。君の選択は復讐のために皆を犠牲にしかねない、そのことを理解しているか?」

「分かってるつもりだよ、けど、俺も決めたんだ。絶対に復讐を果たす――」

 ひばりは周囲の面々を見て。

「そして、皆で帰るって。今度は死なせない、絶対に。だから、戦う」

 彼らの意思は固い。他の二人も同様のようだ。

 あれだけの力を見せられて尚もその意思は折れていない。

 ――これが、人の覚悟か。

「ま、ここまで来たら私らも引くつもりはないわな。やられっぱなしは性に合わないし」

 仁湖はこちらの意図が分かっているようでにやりと笑みを浮かべた。

「すまない……」

「いや、いいけど空気読もう?」

「UGNの監査が表立って命令違反するのはまずいだろうな。私からも問題にならないよう。便宜を図ろう」

「感謝する、”ハーヴェスト”……すなない、時間を取らせた」

「では、作戦を立てよう。それには情報と、彼女の力も必要だろう」

 今の自分たちに必要な情報。

 ”狩猟者”がどこから要人を狙うか。

 そして、”ハイランダー”の力だ。

 どちらにしてもあまり、自分は力になれそうにないが最善を尽くすしかないだろう。

「俺は”ハイランダー”の説得に回ろう」

「不安しかねえぞ」

「戦いになることはないだろう」

 そういう仁湖が行くよりはマシとも思うが口にはしない。

「私も、もう一度話してみよう。司も一応助けたわけだからな……来てくれるか?」

「え、あ、はい……」

 芳乃も声を上げれば何故かひばりから怒りの籠った目を向けられるが、何故だろうか。

「説得するにも情報が必要だろ、とりあえずこっちは、”狩猟者”の出方を調べるからその間に何喋るか考えてくれ」

「頼んだぞ、時任」

 他の調べ物を任せ、自分らは説得の糸口を探す。

 もみじの目的は? 自らの力を示すことにあると推測できる。

 おそらく伊庭はもみじも獲物として見ている。お互いに身を護る方向に持っていく事はできるか?

 情に訴えることは出来るか?

 金銭でのやりとりは可能か?

 もみじ自身の問題を解決することを条件に協力を取り付けることは出来るか?

 様々な方面で話し合いを進め、それぞれの条件に対応できる状態にする。

 説得役として前に立つのは司が選ばれる、一番警戒を持たれないだろうという理由だ。

 もみじは簡単な拘束をされ、ハーベストの持つ領域内の一室に捉えている。まだ意識は戻っていないようだ。

「えっと、それじゃあ、お邪魔します」

 おじおずと司が扉を開けるのに続いて入る形となる。

 ベッドにて寝かされている”ハイランダー”の寝顔は年相応のものに見える。

 一見すれば少女だ。だが、決して油断はしない。

 脳裏には伊庭相手に一歩引かなかったその姿が目に焼き付いている。

 ――故に、”ハイランダー”が奇襲をかけてもすぐに対応できた。

 司が近寄ると同時に”ハイランダー”がその首へと手を伸ばす、それをけん制するように氷の蛇が”ハイランダー”の眼前に出現すればその動きは止まる。

「ちっ……甘ちゃんだから行けると思ったのに」

 諦めたかのように司の首へと伸ばした手を”ハイランダー”は引いた。

 冷えた視線が向けられる。そこにあるのは警戒のものだ。

 当然と言えば、当然の流れだ。

 こちらをUGNと認識している以上、彼女にとってここは敵地。

 だから、こちらが最初に敵意がないことを示さなくてはならない。

 故に声をかけるのは自分や芳乃ではいけない。

「あ、あの。話を聞いてくれませんか?」

「……」

 明確に殺意のある視線に圧されつつも、司は言葉を紡いだ。

「その、”狩猟者”を倒すのに協力して欲しいんです」

 ――真っすぐな言葉だ。

 打算も何もない、ストレートな言葉だ。

「”狩猟者”はあなたも狙っています、だから、協力すれば――」

「死んでも嫌」

 拒絶の言葉だ。だが、それでも司は下がらない。

「お願いします!」

 頭を下げるが、”ハイランダー”は一瞥して芳乃へと視線を向けて。

「……協力する気はないのだけど、どうする気?」

「一時的にここで拘束、狩猟者との決着がつけば然るべき処置を取らせて貰う」

 保護かもしくは施設にて捕らえられることになる。

 思案するような間が出来る。

「協力する気はない、だけど、そっちと戦う気もないし、”狩猟者”は私が殺す。それならどう?」

 ハイランダーの経歴やこれまでの行動を見る限り。無関係な一般市民を手をかけるようなオーヴァードではない。

 騙し打ちを仕掛けたとしてここで自分たちと一戦交えて、”狩猟者”と戦うといった無謀な手を打つことはしないだろう。

 既に自らの”氷蛇”は臨戦態勢にある。

 ――どうでる?

「俺はいいと思いますけど……」

「やむを得ないか」

 渋々といった具合に了承すれば領域から刀を取り出し。”ハイランダー”へと渡した。

「……助けてくれたことに関しては感謝はしてあげる」

 窓を開けて風のようにその場から出ていった。

 警戒するが、何事もなく、ただただ夜風が吹く音が聞こえるだけだ。

「良かったのか? 捕えておくべきとも思ったが」

 警戒すべき状況でないと思えばこちらも口を開く。

「確かに怖い人だよ。けど、約束破ってこっちをいきなり刺してきたりしないと思う」

 司は窓からこちらへと視線を向けた。

「そういうものか?」

「俺は、そう思うよ」

 ――つくづく、人間というのは分からない。

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