狩りの始まり

 ――このガキ。戦い慣れてる!

 もみじは仁湖相手にそう、感じた。

 小さな身体。チェーンソーという一風変わった武器、この二点がその原因だ。

 標的が小さく素早いために決定打を当てられない。

 チェーンソーの轟音に加え、電気や磁力を用いてトリッキーな動きを取ってくる。

 UGNというのは正義の組織と聞いていたが。

 ――どこがだよ!

 チェーンソー正義の味方って何だ。

 こちらの集中力を削いで、攻め切れない。

 「この……っ!」

 投擲されたチェーンソーが頭上を通り過ぎる。

 続く、仁湖の蹴りを膝で受け止める間にチェーンソーが磁力を以て戻ってくる。

 「やるじゃねえか、姉ちゃん!」

 「なめるな!」

 動きそのものは確かに見切りづらい、だが、こちらの方が早い。

 絶えず動き回る。フェイントを織り交ぜることでかく乱する。

 相手は一人ではない、二人、遠距離攻撃持ちがいる。動きを止めればやられる。

 持久戦は無理だ、というより性に合わない。

 正面から、仁湖へと突っ込む。

 構えは居合い。

 「叩き斬ってやらぁ!!」

 迎え撃つように横薙ぎに振るわれるチェーソーがこちらの身を斬ったように見せた。

 ――残像だ。

 狙いは仁湖ではない。

 叩くべきは頭である千ケ崎芳乃。

 「やらせない」

 護が前に出る、無数の氷の蛇が連なって襲い掛かる。

 もみじは吐息を一つするとともに刀を抜き放ったそれら全てに対しての一閃。。

 一撃必殺の一撃は氷の蛇を両断し、護にまで至るが手ごたえは浅い。

 このまま一気に斬り伏せるとさらに踏み込みを入れようとすると道路が崩れた。

 バランスが保てない。

 足元の道路が崩れた。否。崩されたのだ。

 「動きが鈍った、今ならば!」

 芳乃が腕を振るうと、周辺の地面が形を変えていく。

 周囲の地面がコチラを包もうとしてくるが逃げ道はある。

 「遅い!」

 「させねーよ!」

 退路から仁湖の一撃で弾き飛ばされて包み込まれる地面へと叩きつけられる。

 「ぐっ。まだ、まだ負けてないし!」  

 地面からの拘束を逃れようと動こうとすると地面が砕かれることで領域が一時的に消滅する。

 それを隙とは考えない。明らかな”異変”だった。

 即座に三人の間合いから距離を取った。

 目の前の三人よりはるかに濃い気配を肌で感じ取り、そちらへと視線を向ける。

 幹線道路から浮遊して降り立つ、”狩猟者”伊庭宗一の姿があった。

 「何やら楽しそうだな……仕事前の息抜きをさせてもらおうか」

 余裕、そう感じさせる笑みを伊庭は浮かべた。

 値踏みするようにこちらを見ている。

 感じられる圧はこれまで戦ってきたどの相手よりも強い。

 本能的にこいつはやばい、そう直感した。

 だが、それでも感じられるのは恐怖ではない。

 ――どいつもこいつもなめやがって!

 怒りだ。

 どの対象も、敵として認めない。そのことに対する怒り。

 怒りのまま迷いなく”狩猟者”へと向かって駆け出す。

 伊庭の魔眼が力を発する同時に禍々しく爪が変化した。

 だが、遅い。その爪が振るわれるより早く腕を跳ね飛ばして、首を取れる。

 刀を抜いた。その瞬間、”狩猟者”の口元が歪んだ。

 狩猟者の動きが高速化する。

 懐、居合の死角となる位置からの爪による刺突が腹を抉るとともにその身が回転して高架下の柱へと叩きつけられる。

 「……っ!?」

 突然のことに声が出ず、血を吐いた。

 骨と内臓がやられたと分かる。心臓は避けて、即座に回復できる範囲に留めた。

 ――なんだよ、これ。

 何をされたかは分かる。

 こちらの攻撃より早く、バロールの力を使って動きを封じ、ノイマンの力による最適な動きによる、ブラムストーカーによる一撃。

 止めにバロールの力で弾き飛ばしたのだろう。

 力以上に驚異なのはその反応速度だ。

 見たと同時に、コチラの動きに対応してきた。

 圧倒的な実力な差だ。

 「それでも、尚、挑もうとするか」

 口元をゆがめて嗤う伊庭に日本刀の切っ先を向けた。

 それは、戦う意志の証だ。 

 「無謀、だがな」

 一瞬にして距離を詰めてくる。まだ、こちらは再生が追いついていない。

 振り上げられる爪、それに対しての処理をしようとするより早く踏み込んで来る者がいた。

 「おおおおりゃああああ!!」

 先ほど戦っていた仁湖だ。

 咆哮とともに、バットのようにチェーンソーを振るう。

 双方の一撃がぶつかる。

 一瞬、狩猟者の一撃が止まるが徐々に押されていく。

 「ほう……見た目と違ってそれなりに修羅場をくぐってきているようだな」

 「はっ、余裕、かましてると足元すくわれるぜ?」

 仁湖の言葉に答えるように領域が展開された。瞬間、大地の檻と氷の蛇が襲い掛かる。

 二人のオルクスの攻撃は的確に伊庭を捉えた。

 大地の檻と氷の蛇が絞め殺さんと動きを取った瞬間。その全てを砕いて、仁湖へと一撃を飛ばして弾き飛ばされた。

 「足りない、足りないな。だが、面白い――興がのったぞ」

 その笑みはこちらを”敵”としては見ていない。狩るべき獲物として見たものだ。

 刀を握る手に力が籠る。

 ――どうすれば勝てる?

 伊庭は笑んでこちらを見ている。

 余裕、ということだろう。隙は無い。 

 そんな相手に向けて迷いない一閃が走ったのが見えた。

 


 ひばりはビルの屋上を駆ける。その横を司が並走する。

 さらに後ろに栞が続く。

 ――忘れるものか。

 肌を刺すようなワーディング。

 過去の映像がフラッシュバックするが堪える。

 あの時の自分よりはるかに強くなったのだ。

 復讐のためではなく、仲間を助けるための一撃を放てる。

 「今度はやらせねえぞ、てめえ!」

 即座に腕を振るって赤い糸を宗一の眉間を狙った一撃が飛んだ。

 狙いたがわず、宗一の眉間を穿ったかに見えたが直撃の寸前に糸が断ち切られる。

 「ひばりちゃん――」

 「大丈夫、落ち着いているよ」

 心配する、司の声に顔を向けずに答えた。

 ――まだ、大丈夫だ。

 自分に言い聞かせる。目の前に倒すべき相手がいる。

 正直、ここで殺してやりたい。その思いはある。

 だが、それよりも。

 「支部長に手を出すんじゃねえ!」

 両腕を振るって糸を飛ばす。容易くそれは避けられるがそれは予想済みだ。

 糸が、モルフェウスの砂へと戻る、そして再び糸へと構成され攻撃の方向と位置を変えた。

 ”キャッツクレイドル”のコードネームを示す糸を用いたオールレンジ攻撃。

 その一撃は伊庭へと届いた。

 そこに合わせて司が伊庭へと肉薄する。

 「これで!!」

 司の飛び蹴りが”狩猟者”の胴体へと入るところで斥力による障壁で弾き飛ばされて道路へと降り立つ。その位置はみんなの前だ。

 そこへとこちらも栞が並んだ。

 「勢ぞろいか……いいだろう。まとめて相手をしてやろう」

 さらに伊庭からの圧が強くなる。

 これだけの相手をしながら息一つ切らさずコチラを見据えている。

 「ここは引くぞ! ここは決着の場ではない!!」

 芳乃の声が響いた。

 判断としては正しい。本来の目的は”ハイランダー”との接触の筈が奇襲を受ける形になったのだ。

 戦える態勢を作るべきだ。

 正しいと思う一方、それが出来る相手か、とも思う。

 「逃げるのか?」

 嘲笑される。追撃をかけるつもりはないようだ。

 仲間の仇が目の前にいながら下がることしかできない。

 構えかけると肩を叩かれる、視線だけ向ければ栞がいる。

 「……帰るぞ。あとで倒せばいいだろ」

 「――わかってる」

 こちらの心情を知ってから知らずか、そう、声をかけられればこの場は引かざるを得ない。

 追撃は、ない。

 一斉に退却しようとしてそれと入れ替わるように突っ込む者がいた。

 もみじだ。

 フェイントと残像、幾重にも細工を加えて狩猟者へと接近する。

 ひばりの目でも追いきれない。それほどの速度を以てしても。

 伊庭には届かない。

 刀の一閃が振るわれるより早く、もみじの華奢な体に宗一の蹴りが入った。

 それに対し、宗一はもう、飽きたのか止めを刺さんと異形の爪が振るわれる。

 「させない!」

 割り込むのは二人の一撃。

 司の蹴りと護の氷の蛇。

 急造の連携は宗一の一撃を反らす。その隙に司はもみじを抱きかかえて戦場から離れる。

「相変わらず甘いなー、もう」

 捨て置けばよかっただろうにと思うが、手葉司とはそういう男だ。

 分かりやすい優しさ、戦場においては命取りになりかねないそれをどこまで貫き通す。

 肩をすくめながら戦場から離脱すれば張り詰めたワーディングの気配は消えていく。


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