対面
もみじは駅を出て感じた町の印象としては緑が程よくある。田舎というほど田舎でもなくかといって都会というほど都会でもないそんな印象だ。
照りつける日差しをうっとうしいと感じつつ木陰に入ってベンチに腰掛ける。
――面倒。
暑さに加えて伊庭が来るのはまだ先、そして、邪魔者が多い。
「先に潰せればいいんだけども」
暇つぶしがてらにバスを捕まえて目的地である飛行場近くへと降りれば周辺を散策する。
昼過ぎだが人のいる気配はない、ここまでくると田舎という言葉が適切だ。
だから、そんな中に集団がいる。明らかに町からは浮いている連中。
自分と同じように”狩猟者”狙いのオーヴァードか、と思う。
視線を向けられれば、反射的にもみじは、ワーディングを放った。
相手にとって不意を打つものだったようで動きが止まった。
意識を失わずにいるということは自分と同じオーヴァードだ。
――オーヴァードだと分かれば迷いはない。
既に相手は自分の間合いの中に捉えている。
流れるような動作で袱紗を解くとそこから出るのは日本刀だ。無銘だが耐久性に関してはオーヴァードの攻撃に耐えうるもの。
一瞬の動作、オーヴァードとしての特殊能力ではなく、もみじ自身の力だ。
刀が抜かれると同時に呆然と立つオーヴァード達の横をただ歩いて通り過ぎる。
「なんだ、大したことないじゃん」
言葉を発すると同時に相手は倒れた。
抜刀からの手首を返しての側頭部や延髄を狙っての峰打ちによる打撃だ。
峰打ちにしたのは手心でなく死体の処理の面倒さを優先したためである。
ハヌマーンによる超加速で振るわれる光の刀による一撃、速攻に特化した戦闘のスタイルだ。
力なきものは何をされたかも分からないままに地へと伏せることになる。
もみじはあくびを一つする。
”狩猟者”の話はファイト内でも噂に聞いていた。
ちょうど、ファイトでの戦いもマンネリ化してきたところで強さを求めるもみじとしては、退屈な生活だ。
そんな中舞い込んだのが”狩猟者”伊庭宗一の噂。
その強さはよく知っている、誇張もあるだろうが確実に強いことは確かだ。自分を満足させるに足る相手と考えた。
だが、彼が来るまでまだ時間がありそうだ。
「はぁ、さっさと来ないかな」
一人呟くが返す言葉はなかった。
護は仁湖と共にアジトの中へと入る。目に見える面々は資料の通りだ。
手葉司、遠藤ひばり、千ケ崎芳乃、時任栞。
中々に個性的な面々だ。
ひとまずは自己紹介と状況の確認だ。
自分たちがUGNの上層部の指示を受けてこの場に来たこと。
そして、ひばりのジャーム化を警戒している旨を伝える。
空気が変わったことを感じる。
「……あの人の差し金か。ああ、すまない、君達のせいではないな」
「まあ、ぶっちゃけこっちとしては面倒起こさなきゃなんもしねえし」
芳乃が謝れば、気にすんなと、仁湖は手を振った。
――千ケ崎芳乃、若くして激戦区の支部長を任されている。
資料の通り。優秀そうな人間だということがうかがえた。
「協力に感謝する、正直人手が欲しいところだ」
「なんか、すごそうな人たちですけど……」
司がおそるおそるこちらを見れば視線を向けてくる。
威圧しているつもりはないが相手からしてみれば、知らない支部の人間が上層部から来るというのは緊張するものなのだろう。
「気にすることはない、立場としては俺も君と同じ学生のイリーガルだ、その仲良くしてもらえると助かる」
警戒を解こうと頭を下げるとええっと、司は慌て始める。
何か、対応を間違えてしまったか? と思うが司は笑顔で。
「よろしく、尼崎さん?」
「護でいい」
「じゃあ、よろしく、護」
「こちらこそ」
挨拶を済ませる。司の印象としては自分の知る一般的な少年だ。
見ていて気持ちの良いと思う一方で本当に彼がダークムーンを倒したのだろうか、と考えてしまう。
「支部長、はやいとこ、動きましょう」
ひばりが立ち上がり、玄関へと向かおうとするとそれを栞が制する。
「焦んな、説明が先だ」
じれったそうにひばりは足を止めた。
資料を目に通してひばりの事情は理解している。
仲間を殺された、その憎しみ。そしてそれを晴らすべき敵がいて、そのための行動を早く起こしたい。
そういうことだろうと、推測は出来る。だからこそ、焦り冷静さを欠いてしまう。
「すまない、手短に頼む」
だが、共感できる部分もある。もしも、自分も大事な人を失ったのであれば、と。
だから、少しでも彼が望むようにしかし、失わせないように協力したい。
今回、やるべきは伊庭の撃破。その前に邪魔になる要因を取り除くということで”ハイランダー”に接触するようだ。
”ハイランダー”の情報は程なくして得ることが出来た。近辺ですでにオーヴァードを潰しにかかっていたようだ。
そこから、芳乃と栞が中心となって作戦を立てていく。
そんな中、仁湖から小突かれる。
「連中、どう見るよ?」
「少なくとも事前情報通りのオーヴァードだ。遠藤ひばりに関してはジャーム化の兆候もなく安定している」
「うちらの支部長よか、よっぽど仕事やれそうだしな。お偉いさんも何考えて私らを連れてきたんだか」
「理由はどうであれ……協力はすべきだろう」
「まじめちゃんだな」
仁湖と話しているうちに作戦の流れが決まる。
最初に芳乃が説得を試みる、それで引かないのであれば仁湖や自分が拘束するという役割だ。司はこういった事は得意ではなく、ひばりは伊庭との戦いに集中させるべきとの判断で栞と共に残す。
「その、気を付けてくださいね? 支部長」
「誰にものを言ってるんだ、任せてくれ」
余裕、そうとれる笑みを浮かべて芳乃は出ていく、自分もそれも続こうとすると、おい、とひばりに声をかけられる。
「支部長に変なことするなよ? イケメン」
「彼女と敵対するつもりはない」
「そーじゃなくて……いちゃいちゃすんなよ?」
――はて、なぜそうなるのだろうか。
首を傾げ、思考にふけろうとすると。仁湖の笑い声が響いた。
「そいつならその心配ねーよ! 自分の彼女にぞっこんだからな」
「仁湖の言った通り、既に俺には交際している相手がいる、問題ない」
いや、ちょっとは照れるとか、動じろよ。と仁湖が呟いているが、それに関してはどうしようもない。
「お、おう。そうかよ」
「誤解が解けたようで何よりだ」
微笑してアジトを仁湖と共に後にする。報告のためだ。
少し歩いてアジトから距離を取り、誰もついてきていないことを領域を展開して確認する。
「……”狐憑き”頼みがある」
「なんだよ?」
「今回の一件、監査としてではなく。純粋に協力者として対応したい。彼らが上層部の言うような者には見えない」
「よくもまあそこまですぐに信用できるな……なんかあったらめんどくせえぞ?」
「お前としてもその方が存分に力を振るえるだろう? 味方として背中を預けるほうが」
「――なんかあったら、責任とれよ?」
その言葉に力強く頷いて応じた。
作戦が決まれば芳乃はUGNエージェントらに車を用意させて移動する。
場所は特定している。
幹線道路の高架下にある公園。今の時間は無人でフェンスにかけられたバスケットゴールや遊具を使う利用者はいない。
そんな中に”ハイランダー”はいた。
一見する限りは普通の少女に見える。
刺すような鋭い視線は戦士のそれだ。
既にこちらは周囲を取り囲むような配置で待機しているにも拘わらずひるむ様子はない。
「”ハイランダー”だな?」
「……何の用?」
視線をこちらへと向けてくる。
「UGNの者だ。”狩猟者”を狙っていると聞いてな」
「だったら何?」
面倒そうに頭をかいて不機嫌そうにもみじは答えた。
「大人しく手を引いてもらいたい」
「――余計なお世話なんですけど」
「……共闘することもできないか?」
続く芳乃の言葉のあとに、もみじはため息をついた。
同時に空気が一変し、音が響く。
もみじの刀による一撃を、仁湖がゴルフバックから取り出したチェーンソーで防いだ音だ。
一瞬の動き、直感と鍛え上げられたUGNの精鋭としての反応だ。
遅れて、護もワーディングを放ち、意識を向けさせれば三対一の構図だ。
それでももみじは臆することなく間合いを取って刀を構える。居合で用いられる脇構えだ。
「協力できなきゃ、潰すってところ?」
「大人しくしてりゃ痛い目にあわねーから」
「はっ? ガキのくせに偉そうに」
静止の声をかけようとすると轟音が遮る。
仁湖の持つチェーンソーを起動させたのだ。
「ばらすぞ? 姉ちゃん」
「やってみれば? できれば、だけど」
殺気が放たれる。もはや戦闘は避けられないだろうと芳乃は判断したのだろう。腕を振るうとオルクスの領域が展開される。
そこから地面が形を成して壁を作る、被害を最小限にするためだろう。
「不本意だが、戦うしかないか」
苦々しく、芳乃とは対照的に仁湖は笑顔でチェーンソーを振りかざす、同時に雷撃が走る。
「殺すなよ、”狐憑き”」
「ああ、分ってるって!!」
「なめてんの?」
仁湖がチェーンソーを振るうより早く、”ハイランダー”が動く。
姿勢は低い、抜き討つ体勢だ。
最速の一撃を放たれるよりはやくこちらも領域を展開する。
”氷蛇”たる自分が扱う能力はサラマンダーとオルクスによる空気中の水分の操作だ。
氷の蛇を作り、飛ばす。相手を捉える動き。
「趣味、悪っ」
”ハイランダー”は動きを止めず身を回して回避し、仁湖へと斬りかかる。
「やらせない」
領域内であれば蛇はいかなるところでも作れる。”ハイランダー”の背後から四肢を絡めとらんと動く。
それよりはやく、仁湖の胴を、斬り裂いた。致命傷ではないが。
――ここまで早いか。
相当な速度で阻止しようと動いたのだが、素早い、スピードと身のこなし。
「だが、捉えたのであれば――」
「あたしの仕事だ!」
仁湖が切り裂かれた胴を気にせず突進する。
紫電を纏ったチェンソーを一回転しての斬撃が”ハイランダー”を捉えて吹き飛ばせば地を転がった。
それを見れば仁湖は忌々し気に舌を打った。
一撃が完璧に入らなかったためだ。
攻撃が当たる直前。刃でなくチェーンソー本体へと自ら当たって吹き飛んだのだ。
「ちょっとはやるじゃん……上等」
もみじが力任せに氷の蛇の拘束を解いて刀を構えた。
「”氷蛇”次の一撃で終わらせたい」
「ああ、それがいいと思う」
芳乃が視線を”ハイランダー”から外さず言われた言葉に同意する。
倒すべきは伊庭宗一、ここで力を割くわけにはいかない。
「だが、そう簡単にはいかなさそうだ」
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