第7話来週に向けて
「うあぁ〜、あと何がいるの? 一気に買いすぎてわかんない!」
急がねばと思うほど、頭から何かが抜け落ちているような違和感を感じる。
なぜ休みの日に家具屋で一人あたふたしているのかと言うと、目の前に夢のような日常がぶら下げられているからだ。餌を目の前にした動物はがむしゃらに動くしかないのだ。
『来週から一週間。親が旅行で弟も部活の合宿なんですよ。夏休みなので』
彼が何気なく言ったその一言は、とてつもなく重大な話しだった。つまり、その間は同棲してもバレないってことだ。
そもそも、彼の家は門限も厳しく外泊もなかなか許可が下りない。高校生と付き合うのだからそりゃ覚悟はしていたけど、週に一度こっそり会うだけでは物足りないのだ。
このチャンスを逃すわけにはいかない。最高に恋人を楽しむ為に、私は完璧な準備を整えているわけだ。
「んっ! ソファ買わないと!」
店内をフラフラ徘徊する私は、急な方向転換で知らない人にぶつかりそうになる。時間が少ないのはわかるけど、浮かれ過ぎだ。まるで中学生みたいにドキドキが止まらない。
ウブな処女かよダセぇな。
でも楽しいんだ!
心に潜む二人の自分を無視して、目に入ったブルーの二人掛けソファに狙いを定め値段を確認する。三万程度、十分射程圏内だ。
私には一つ特技がある。それは資金繰りがめちゃくちゃ上手いことだ。元カレと暮らしていた時もほとんど支払っていたけど、実は貯金額は五百万円以上残っていた。物欲もあるし無理もしていないのにここまで貯めてこられたのは、もはや能力と言って差し支えないだろう。家具を全て置いてきたところで痛くも痒くもないのだ。
痛くも痒くも!
ないのだ!
あぁダメだ。ニヤけが止まらない。IQが半分くらいまで落ちている。馬鹿だ馬鹿だ。
購入から配達の手配をしながら、私は悠との一週間について妄想を巡らせていた。
例えば、一緒にテレビを観ながらまったりしていると、どちらともなく手を繋いで微笑みあったり。
例えば、ご飯は私が作るとして、好きな物何とか聞いたら子供っぽい料理注文するくせに一緒に作るよなんて言ったり。
例えば、一緒に寝る時に腕枕してもらって、背中からぐっと引き寄せられて頭を撫でられたり。
違うか! 腕枕して欲しいってねだられたり!
ちくしょう可愛いなぁ!!
ここに彼がいなくて本当に良かった。余りにも気持ち悪い今のお姉さんを見せるわけにはいかない。彼の中に出来る年上のイメージがあった場合、ドン引きされかねない。
「こんなことで……大丈夫なのかな?」
さすがに、目の前にいると現実が見えるから自制は出来ると思う。いないからこそ、悔しいけど恋焦がれているからこそ、こんなにも興奮しているのだ。元々妄想癖なところも相まって収まりがつかなくなっているだけ。
少し落ち着く為に、冷静に彼の中の私について考えてみた。今まで何をしてきたかを。
・初対面で無理矢理ディープキスをした。
・二回目も自分からしたのに走って逃げた。
・その後から定期的な呼び出し。
・泣いて付き合えと言った。
・引越し当日、急に手伝わせた。
・眼鏡を取って遊んだ……。
「最低じゃねぇか!!」
突然叫んだことで、店員のお姉さんはビクッと震えてキョロキョロしだしてしまった。違います、ごめんなさいと謝る自分が余計にくだらない人間のように思える。
大人ってなんだろう。どうしてこんな頭のおかしい私と付き合ってくれているのだろう。
汚い自分を愛してきた自覚はある。でも、それでは彼に釣り合わない。もう少しまともな倫理観を取り戻さないといけない。
家具は揃ったからここで買うものはない。次は雑貨屋さんに行って小物をちまちま揃えて雰囲気作りだ。本当は女の子チックな甘い色合いが好きなのだけど、今回は大人らしいシックモダンな作りにしよう。
大人しい空間からの甘い甘いエッチ……。
ヤバい興奮してきた……。
だから!! それがダメなんだって!!
何度蹴り返しても、モンキーな私がチラチラと顔を出してしまう。彼とは清く正しく、未来のあるお付き合いがしたいのだ。簡単に押し倒してグダグダにしたくはない。
私色に染めるのではない。
二人の色を作りたいんだ。
独りよがりなんて嫌なんだ。
求めるものが一辺倒な関係なんてろくなもんじゃないことはこれまでの経験で理解している。後は抑え込むだけなのだ。頑張れ私。
「さて、何買おっかなぁ」
いつの間にか目的地に着いていた。一応ラインナップは決めていて、ちっちゃな空気清浄機と置物を少し。後は一匹だけ犬のぬいぐるみ。一匹だけなら大丈夫。
「か、可愛いぃ……なんだこれ!」
しかし、夢見る乙女状態の私は、結局三匹のお犬様を購入してしまった。買い物をする時は落ち着いてからの方が良さそうだ。
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