第4話停滞

何度目だろうか、彼とキスをするのは。


「ん〜っ……」

「またですか?」


私が唇を差し出すと、彼は不慣れに顔を寄せる。自分からキスすることに少し慣れてきて何となく腹が立つ。

変わらず神社の裏側。軽いリップノイズが木の葉の音に紛れ込む。口を離せば、僅かに顔を赤らめた彼が困った顔をしている。


結局、彼は私に馴染んできてしまったのだ。何度も追い返そうとして、その度に食い下がられて、季節が花見から花火に差し掛かる頃には面倒になった私が根負けした。

初対面の名残でキスはするけど、タバコを吸う習慣のような気持ちのないキス。それでも、何故か私の心を落ち着けた。


「ねぇ」

「……はい」

「あんた、彼女とかいないの?」

「……好きな人なら、いますね」

「ふーん」


名前すら知らない彼と、気が向いた時に適当に話す。月に一回の『穴の日』は、週に一回の雑談会に差し替わっていた。まだまだぎこちないけど、彼もよく話すようになった。


「お姉さんはいるんですか?」

「私のことはいいから。あんた、その子に告らないの? まぁ無理か。お洒落じゃないもんね。ちょっとは見た目に気を遣いなさいよ」

「……はぁ」

「気のない返事ね。付き合いたくないの?」

「そういうのとは、ちょっと違うんです」

「はぁ?」


横に座る彼に目をやると、恋する少年の目はしておらず、どこか諦めた笑みを浮かべていた。


これは……相手彼氏持ちか。


「僕は、その人が幸せなら、相手は僕じゃなくていいんです。僕より幸せに出来る人がいると思うので」

「…………」

「もちろん、その人に好かれていればとても嬉しいし、大事にしてあげたいとは……思います。ただ、その人の笑顔だけ見られれば幸せかなって……」

「しょーもなっ!! めっちゃ逃げてんじゃん。好かれる努力も幸せにする努力もする気ないとか、本当にその子のこと好きなの!?」

「……好きですね、たぶん」

「たぶんっ!……はぁ」


この考え方は本当に気に食わない。男なら自信満々に好きだとアプローチするべきだし、死ぬ気で相手を守るって心意気を見せて欲しい。私の彼氏共はクズだけど、愛情表現はちゃんと口に出すからまだ彼よりマシだ。

……いや、クズはクズか?


明後日の方向へ思考を流していると、彼はその隙にまた本を読み始めていた。

何だか肩透かしを食らった気分だ。彼はいつも本ばかり読んでいる。そりゃ何度も愚痴を吐き出したりして聞いてくれてはいるから、それが終わった後くらい好きにさせてやればいいのだけど。

考えてみれば、私の話は腐るほどしたのに彼のことはあまり知らない。今みたく気まぐれに聞いてみても適当に流されることが多かったから。


なんでずっといるのだろう?


外で本を読む感覚は私にはわからない。絶対に家で読みたいもの。もしかして彼は、DVでも受けているのだろうか。それで家に居づらくてここへ逃げてきているなんてことはないだろうか。

ふと、彼の横顔を見る。静かに、細い目で俯く表情がどこか哀しみを帯びている気がして、心臓の当たりがチクリと痛くなった。


そんな子に、最低なことをしているのか。


どんどん取り返しのつかないような焦りが漏れ出してきた。普通の子がちょっと不幸になるのはいいけど、不幸な子に追い打ちをかけれるほど極悪な人間には……まだなれていないのだ。

自然と伸びた手は、彼の頭を撫でていた。彼は少し驚いた顔で首を傾げる。


「あの、何ですか?」

「あ、いや……」

「キス……します?」

「ううん! 違うそっちじゃなくて……っ!」


無意識だったせいで、どう返答していいかわからない。ぐるぐると混乱した頭では勝手に言葉を吐き出した。


「あのさ、家族と……じゃなくて、家で……。そう、誕生日とか何してんの??」

「……どういう意味ですか?」

「いいから答える!」

「はぁ、ケーキ食べてますね」

「一人で食べてんの!?」

「いったい何を言って……」

「か、家族と仲良くないの??」


もはや一周して直球の質問をしてしまった。

何一つ理解出来ない様子の彼は、頭から私の手を下ろして言われた事だけを返答する。


「もちろんみんなで食べますよ。プレゼントも貰うし、歌も歌う。ただ……」

「ただ……?」

「弟と二日違いなので一緒に祝われるのは嫌ですね……」


珍しく、彼は照れるような苦笑いをした。


「………………か」

「え?」

「幸せじゃねぇか!!」

「はぁ??」


心配して損した。馬鹿みたいに普通の家庭で幸せに生きてるんだ。兄弟でケーキのプレートを取り合う姿を思い浮かべるだけで吐き気がする。

無駄な心労に振り回されて呼吸が乱れてしまった。やっぱりコイツは一度どん底まで叩き落とさないと気が済まない。






その後、押し倒して嫌ってほど唇を奪ってやった。そのまま服を脱がして焦らしまくってやろうと思ったけど、スイッチが入りそうな所で彼の帰宅時間になりお開きとなったのだった。


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