第3話刺激なんてない
だいたい、私の人生は普通過ぎる。
普通に勉学に励み。
普通に恋をして。
普通に社会人になり。
普通に暮らしている。
よほど上にも行かず、さして下でもない。
殺人事件に巻き込まれたこともなく、数回痴漢にあったけど不幸話にもならない。
緩急がないのだ。ただただ緩やかに上下する浅瀬の波のようなつまらない人生。不幸になりたいわけでもないし、幸せに憧れもない。こんな性格だから今の私があるのかも知れないけど、多少の刺激を求めるのは必然と言うべきだ。
今日も晴天。雨の欠片も感じさせない透明な雲がチラホラ見えるだけで、きっと星空はいつもより鮮やかに輝く夜になるだろう。
だから、私は純情な世界の影になれる。間違いなく最高の『穴日和』だ。
欠け落ちた石階段を上がる。年々色の剥げていく小さな鳥居にお辞儀をして、今日も場所を借りることに感謝をした。
求めるものが目の前に迫ると、自然と足も速くなるものだ。賽銭箱を横目に裏手に続く小汚い道を歩く。もうすぐ、もうすぐだ。
いつものように高揚していた。
しかし、それも一瞬で塵と化したのだった。
「…………」
「何でいるの……?」
そこには、先日辱めてやった男子高校生がいた。撤去されて追いやられたような場違いな庭石の上に座って大人しく本を読んでいる。私に気付くと、声も出さず本を閉じた。
「はぁ、どうして来ちゃうかなぁ。私に用でもあるの?」
「話し……」
肩掛けの、まだ新しい鞄に本を突っ込んで、そいつはゆっくりと立ち上がった。お尻の埃を払う仕草に若干の女の子らしさを感じて、やっぱりコイツはダメだと思った。
「聞くって、言ったから」
「私は聞いてって言ってない」
前回と違ってこの程度で怯える様子もなく、自分勝手にも私の意見は無視して膝を交えるつもりらしい。
面倒くさい。気分はノッてないけど、前と同じようにドロドロに溶かしてケツでも蹴ってやるか……。
「ねぇアンタ。もしかして、期待してるの? 今日は一発出来るんじゃないかって?」
「…………」
「じゃあご期待に沿って、今度は本気でしてあげよっかなぁ」
「…………」
思った通り。私がネクタイを外して胸元を開けながら近くと、ソイツは僅かに後ずさった。まだ未知の世界だろう。その上見るからに陰キャラ。恐怖の方が上回っていてもおかしくない。
いまからする事の危うさ、もしかしたら押し倒されたりして……。なんて思うだけで唾液がいつもより分泌される。
あぁ、なんて悪いやつなんだ。
微動だにせず見つめ返してくるソイツの顎を指で沿い上げ、わざと寸止めをした。
男と女の吐息が混ざる。ソイツの唇の温度が、触れてもいないのにこちらまで伝わってくる。堪らず目をグッと閉じた臆病者へ、気まぐれな愛情を注ぎ込んだ。
「ん……ふぅ……」
我が子を愛でるような触れるだけの優しいキス。真っ赤な耳や頬に指を這わせる。ソイツは脳が痺れたように、微量な痙攣を一つ零した。
なんて虐めがいのある顔をするんだ……。
徐々にノッてきた私は、脇の下から腕を通して恋人のように抱き着いた。胸を押し付けて、足を軽く絡めた。私の黒い鼓動が伝わればいい。想像だけでイきそうになる。
服、脱がせてやろうかな?
本当に食べちゃおうかな?
いっそ、襲ってくれないかな?
感情は伝染する。私が汚れれば汚れるほど、繋がっているソイツは崩れ落ちる。
壊したい。大人と対等に話そうなんて調子に乗っている馬鹿な子供を。底辺まで引きずり下ろしたい。
次第に激しくなる舌の動きにいちいち反応する嘘のつけない男の子を、私色に染めたい。
五分くらいだろうか。これ以上はこちらがその気になってしまうから、ゆっくりと口を離した。
また泣いているかなと思ったけど心の準備でもしていたのか、息を荒く頬を染めるだけでちゃんと私の目を見返してくる。
まぁ、涙目だからこれで十分だろう。
ふと、彼の股間に目をやったのだけど、これだけは意外だった。あの時はバキバキだったのに、全く勃っていない。
私がなんでだろうと頭を傾げていると、不意を付いたようにソイツの手が伸びてきた。
優しく、頭を撫でられたのだ。
意味がわからなかった。何をされたのかもすぐに理解出来なかった。予想外過ぎて、私の方からソイツから離れてしまった。
「な……なん……」
「…………」
なんで? なんで撫でられたの?
ソイツはいつの間にか落としていた鞄を肩にかけ直し、今度はしっかりと口を開いた。
「話し、聞くって言ったから……」
だから、なに?
それで、なんで頭撫でた??
いったい、何を考えてるの???
この思考に至った時点で、私は負けていた。
人間は理解出来ないものが一番怖い。それをソイツに感じさせるはずだったのに、たった一手だ。一秒ほどの謎の挙動で全部ひっくり返された。
まさか、本当に私を受け…………。
ダメだ! もうここにいちゃダメだ!
私は急いで胸元を閉めて、一言も発することなくその場を離れた。
ヒールで意識的に音を立てて、その音でこの気持ちが掻き消えないかと願いながら。石造りを砕くように走った。
「ムカつく! ムカつくムカつく!!」
神社の階段を降り切ったところから早歩きに変えて、頭の中にチラつく感触を払うことに必死だった。
包み込まれるような、優しい手つき。
えも言えない悔しさが身体を包む。僅差の敗北感にも似た気持ち悪さで吐き気がした。
負けた。負けたのだ。
次は絶対襲わせてやる。そう思うことでしか自分を保てそうもなかった。
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