第60話 二人の関係
「死んで……る……?」
助手の猫は、ぼろ雑巾のようになって倒れている猫の紳士の顔をそっと覗き込む。
「え、まさか……そんな……」
僕はまさかと言って
「おい、何があった! しっかりしろ!」
大臣は執拗に大きな声で呼びかけ、猫の紳士を抱き抱え顔をペチペチと叩いた。
「やめんか! 身体が痛むのだっ!」
突然、眼を見開いた猫の紳士は、ガバッと身を起こし、大臣の手を払いのけた。
「はぁ、びっくりした……」
助手の猫はその様子を見て安堵したのか、その場に座り込んだ。
僕もほっとして、肩の力が抜けたようだった。
でも泥にまみれた白のスーツが、彼の身に何かとてつもない災難が起きたのを物語っていた。
「待たせたな。王は無事送り届けたぞ」
猫の紳士はそう言うと、呻きながらも立ち上がる。
「うむ、礼を言う。……だがしかしお主、ぼろぼろではないか」
大臣は猫の紳士の姿を見て、心配そうに言った。
「例のやつ――黒き者に遭遇し、わたしはなんとか逃げ延びてきたのだ」
「ぬぅぅ、北門は突破されたか……」
大臣は猫の紳士の話を聞き、状況の悪化を悟ったようだった。
「北門の生存者はゼロだ。そしてきっと今もやつは、城内庭園をウロウロしている――やつを、何とか出来ないのか?」
「博士ならもしかすると――とりあえず動けるか? 奥で話そう」
「わかった」
猫の紳士は足を引きずりながら、書物の山を見上げる。
「なんだここは? どこに博士が?」
「あはは。僕も最初来た時そう思ったよ」
やはりこの研究施設に初めて訪れる者は皆、誰しもがそう思うのだろう。
すると大臣は無言で身を屈ませて、机の下の書物のトンネルへとずりずりと入っていった。
「すみませぇぇん。近い内、ちゃんと整理しますぅ……」
助手の猫は申し訳なさそうに言って大臣に続き、そのトンネルにするすると入っていった。
「????」
猫の紳士は不思議そうに、その光景を見て首を傾げた。
「うんうん、言いたいことはわかる」
猫の紳士のキョトンとした様子を見て、僕は少し得意げになった。
「身体は大丈夫? 入れるかい?」
そういって僕は猫の紳士に肩を貸し、トンネルへと誘導した。
不審な顔をしながらも、猫の紳士は書物のトンネルの中へ入って
案の定、途中でつっかえた猫の紳士の尻を、僕は後ろからぐいぐいと押し込んだ。
トンネルを抜けると、博士がまた壁に何やら数式を書きこんでいた。
大臣と猫の紳士は城の状況や黒き者の大きさなど、何やら話し込んでいた。
博士は騒がしくなった部屋の様子にはっとペンを止め、僕の姿を見かけた途端に話しかけてきた。
「おい、キミ。早くコーヒーを淹れたまえ」
まるで猫の紳士などお構いなしで、博士は待ちきれない様子だった。
「は、はい。わかりました」
僕は猫の紳士と大臣の交わしている会話の内容が気になったが、渋々とコーヒーを淹れる準備を始めた。
コーヒー豆を袋から取り出しミルに投入していると、大臣と猫の紳士が少しだけ聞こえてきたので、僕は聞き耳を立てた。
「大臣よ。わたしの父を――覚えているか?」
「ああもちろんだ。お主の父君には世話になった。それはお主も知っているだろう」
二人は昔話をしているようだった。
彼らは古い友人なのだろうか。
だとすると謁見の間で刃を交えた時、彼らは何を思ったのだろう。
死神組合と水先案内協会の確執、ただそれだけで彼らは対立し、刃を交えたのだろうか。
僕はそんなことに考えを巡らせながら、ガリガリと音を立てて豆を挽いたのだった。
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