第48話 誰が為に

 が為に走るのか――。


 わたしは、彼を誘拐した容疑で指名手配されていた。彼は護送中だったのだ。

 何か腑に落ちない。あくまでわたしは水先案内人として、水先案内協会の指示に従い仕事を遂行しようとしたまでだ。わたしが彼の担当になったのは、もしや単なる偶然ではないのだろうか。

 そして、弟が渡し守として居合わせたのには、何か裏があるのだろうか。

 結局聞くことのできなかった王の言うプランとは、いったい何だったのだろう。

 もやもやして晴れない疑念を胸に、わたしは王を抱え側近と共に通った道を駆けた。

 薄暗い通路を抜けると、そこには分かれ道。道は覚えている。迷わず来た道へと曲がった。


 しばらく行くと、その通路の窓から城が見えた。

 城の北側の壁面がいくらか削れ、上層階のテラス部分が完全に崩落していた。

 黒き者とは一体なんなのか。あれほどまでの被害をもたらすほどだ、きっと相当大きな怪物に違いない。

 聞くにその黒き者は、我ら猫を食うらしい。

 そして今回もその怪物は猛威を振るい、北門は壊滅した。


 このままでは、この国は終わってしまう。


 しかしこれはきっと、わたしの力だけでどうにか出来るものではないだろう。

 その博士と呼ばれる者がこの惨状をどうにか出来るというなら、果たしてわたしは必要なのだろうか――いや、わずかでも力になれるのなら、一刻も早く研究施設に向かうべきだ。


 が為に走るのか――。

 わたしはわたしの愛する田園のため、そしてこの国のため、走るのだ。


「ぬ……、なんということだ」


 城へ続く通路が、その途中で崩落していた。


 この通路を下で支える柱ごと怪物にえぐられたのか、跡形もなく通路は無くなっているのだ。淵の方ではまだパラパラと音を立て、通路の床材が地上に落下を続けている。

 それはまだ、この通路が崩されて間もないことを伺わせた。

 崩れ落ちた通路の淵のそばに立ち、地上を見下ろしてみた。

 高さは十メートルはあるだろう。しかしここを降りて研究施設への最短距離を進むのは危険が伴いそうだ。

 この通路を崩落させた怪物が、まだ近くにいる可能性が非常に高い。


「くそ……」


 窓からぐるりと周囲を見回す。通路の外側の外壁を見てみると、ところどころ外壁が削られており、その大きな爪痕は怪物の巨大さを物語っていた。

 遠くに見えているドーム型の建造物が、青白く明滅を繰り返していた。位置的に先ほどまでいたシェルターの上部らしい。どうやら防御システムとやらを起動したのだろう。

 その付近で濛々もうもうと砂煙のようなものが上がっている。怪物が暴れているのだろうか。

 外に降りるべきか。そう思案しながらキョロキョロと怪物の姿を探してみる。

 何気なくシェルターからここまで続く通路の外側を見ていると、通路が途中で分岐していることに気が付いた。そうだ、シェルターに向かうまでに分かれ道があった。

 そのもう一つの通路は、城を囲むようにして北側の門へと続いている。城で隠れていて見えないが、おそらく城壁に沿って続いているようだ。

 うまく行けば城壁沿いに北側を経由して、そのまま反対側にある西の研究施設に続いているかもしれない。

 外に出てこの城内庭園のどこに潜むか分からない怪物の目に触れて、追いかけ回されるよりは、少し遠回りになったとしても通路内を走る方が安全だろう。

 この通路の先ほどの分かれ道に戻り、わたしは北側へと向かったのだった。

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