第41話 緊急伝令

「あなたのおばあ様は――」

「伝令! 緊急伝令でございますっ!」


 突然、背後の扉より現れた兵士の猫の声で、広間の雰囲気は一転した。


 大臣の後ろに立っていた猫の王も、話を中断されいくらか不機嫌そうだったが、その兵士の猫のただ事ではない表情に口をつぐんだ。

 僕と猫の紳士は顔を見合わせ、何が起こったのかと首を傾げた。

 兵士の猫は呼吸を整え、大臣と猫の王の元で跪いた。


「いったいどうしたというのだ。王の御前であるぞ」


 大臣は冷静に、その兵士の猫を煽り見て言った。


「はっ! 突然の無礼をお許しください。突如、黒き者が北の森より現れ、前哨基地が壊滅しました! 現在、城の北門が攻撃を受けており、間もなく突破されそうです!」

「なんだと……? まさかこんなにも早く……」


 その兵士の猫の伝令によって、広間が急にざわつき始める。

 猫の王は、眩暈めまいを起こし体をよろめかせた。


「王、大丈夫ですか!?」


 危ないっと察知した猫の紳士は、猫の王をそっと受け止め、その体を支えるように抱き抱えた。

 大臣は冷静に、広間にいる猫たちに指示を出していく。


「第1兵隊、第2兵隊は北門へ直ちに急行せよ! 特殊護衛隊の諸君は、決して城内への侵入を許すでないぞ!」


 指示を受けた兵士の猫は、大臣に向かって敬礼をし、きびきびと足早に広間を出て行った。

 大臣は兵士の猫たちが広間から出払うのを確認した後、猫の王に振り返った。


「王、ここは危険です。すぐに避難を」


 そう言って大臣は、柱の横に立っていた王の側近らしき猫に、目で合図を送る。

 猫の王はショックで気を失ったのだろうか。猫の紳士に支えられたまま、返事も出来ずうなだれていた。


「伯爵、王を頼んでよいか。城の東側にシェルターがあるのだ。そこへ急いで王を避難させて欲しい」

「うむ、承知した。しかしあとで必ずこの状況を説明したまえ。まだ死神組合の不正について弁明も聞いておらんしな」

「わかった。私は彼と、城の西にある研究施設に向かう。お主は王をシェルターに護送した後、速やかに研究施設へ追ってこい。そこで全てを話す。そう、全てをだ」


 そういうと大臣は僕の腕を掴み、跪いていた僕を立ち上がらせた。

 猫の王は猫の紳士に抱えられ、側近の猫たちと共に広間を出ていった。

 僕は数人の甲冑の猫の護衛と共に大臣に連れられ、閑散とした広間を後にした。




「あの、黒き者とは一体?」


 城の西側に続く吹き抜けの通路を急ぐ道中で、僕は今置かれている状況を理解する必要があると感じ大臣に聞いた。

 その身に纏っている美しい羽織布をはためかせ、僕の前を歩く大臣は、何か切迫しているようにも見えた。

 大臣は窓の外の様子をちらりと見ながら、僕が隣の位置に来るまで、少しだけ歩く速度を落とした。

 通路の窓から外の風景が幾らか垣間見えたが、問題の北門の方は、先ほどまで居た本城が遮蔽しゃへいしており、その様子は確認できなかった。


「今は一刻を争う。だから細かい事情は博士に聞いて欲しいのだが――」


 大臣の猫はその歩みを止めることなく、ちらりと隣を歩く僕を見て口を開いた。

 窓から入るわずかな光で、大臣のオッドアイは綺麗に輝き、その不思議な色に一瞬心が奪われそうになった。


「――2年前の大災害が起きた時、突如そいつは現れた。我らが壊滅的な危機に瀕したのは、実にあっという間だった」

「壊滅的な危機……? 確かにお城にしては護衛の兵が少なく感じたけど。でもこの城の城下町は、とても賑わっていたじゃないか」

「その習性や性質はまだよくわかっていないのだが――わかっていることは二つ。あいつは、何故か猫だけを襲う。そして原則、君達ヒトにはその姿が見えないようだ――」


 大臣はそういうと、僕から視線を外し、通路の先を見た。


「この先の研究施設に黒き者に詳しい博士がいる。シュレディンガーの猫――彼はそう呼ばれている」

「シュレディンガーの猫……?」


 僕は何かでその名前を聞いたことがあった。確かとても小難しい内容の話に出てきたような気がする。


「そうそう、君がここに呼ばれた理由は、彼の指示だ。彼の指示によって王は特命を出したのだよ」


 僕が呼ばれた理由――死神の猫によって僕が死に至らしめられたのは、猫の紳士は『死神組合の不正』ではないかと言っていた。

 でもそれは猫の王の特命であり、それはシュレディンガーの猫の指示だった。

 その次々と明かされる真実から、僕は知らず知らずのうちに、とんでもない出来事の中心にいるような気がしてならなかった。

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