第32話 死者の国の城下町
役人の猫がガラガラと押すケージの中で僕は、その鉄柵越しから見える死者の国の町並みを眺めていた。どうやら僕はこの町の大通りを、檻に入れられたままで通過するらしい。
まるでおもちゃ箱をひっくり返したように、その町並みはとても色彩が鮮やかで、人々は賑わいを見せている。
鳥居の形をした関所の門から、その反対側のずっと遠くに見える王城へと、ずーっと真っ直ぐ伸びるその街道は、いかにも城下町という景観だ。
とてもお洒落とは言い難いものの、行き交う人々はみな、三途の川で見た死者らしい煤けた格好ではなく、とてもさまざまな様式の衣服を纏っている。
商いがとても盛んなのか、綺麗な色の果物が所狭しと並べてあったり、奇抜な模様の布が張り巡らされていたり、まるで海外のグルメ番組で観た野外のマーケットのように、ここが現世だと言われても遜色ないほど、物がありふれていた。
数々の屋台周辺には、食欲をそそるソースのようなものが焼ける香りが立ち込めており、何かを油のようなもので揚げる美味しそうな音や、それを酒と共に愉しむ人々の喧騒で、とても楽しげな雰囲気に包まれていた。
事前に猫の紳士に聞いていたとおり、人口はとても多いのだろう。街道を往来する死者の人混みは、まさに歩行者天国と言わんばかりにごった返していて祭りのようだった。
役人の猫が言うには、王から出された捜索令で、僕は2年前からずっと捜索されていたらしい。
いや、正確に言うと、僕が飲み込んだ不正コードの本来の持ち主が、2年もの間ずっと捜索されていた。ということだろう。
そもそも僕は、つい先日こっちに来たばかりなのだから。
しかし僕はそんなこととはつゆ知らず、その王の敷いた捜査網に、まんまとひっかかってしまったのだ。
困った……実に困った……。
この事実を弁明するにも、何ともややこしく、容易に説明し難く、めんどくさい。
仮にしっかりとこの誤解と真実を伝え切る事が出来たとしても、不正にコードを入手した僕に対する処遇は、とても散々たるもので、地獄行きに違いない。
そもそもこの認証コードの本来の持ち主は、なぜ王から直々に捜索令が出されたのか、それも謎である。
元の持ち主は、それはもうとてもひどい重罪でも犯してしまったのだろうか。そして王に捜索令を出させるほどのその罪は、どのような罰を受けるのだろうか。
檻の中で難しい顔をしていた僕を見て、役人の猫は何やらさっきから不審そうにしている。
「あの……、貴方はどうして、檻に入れられているのでしょうか?」
「えっ……?」
役人の猫のあまりに素っ頓狂な質問に、僕はまた情けない声を出してしまった。
「だって僕は、王様の捜索令で追われていたんだろ?」
「なるほど、確かに追っていましたね、この二年もの間。しかし何故、貴方を檻に入れる必要がありましょうか?」
僕は困惑するばかりで、まったく的を得ない。
考えろ、考えるんだ僕……。
もしかすると捜索令というのは、単に探し人ということなのだろうか。
僕は自分の脳細胞を、考えられるだけの可能性に巡らせた。
確かに可能性としては充分にある。だがしかしどちらにせよ、僕の素性が明らかになってしまえば、地獄行きは変わるまい。
だがこの役人の猫は、何故僕が檻に入れられる必要があるのか。それを疑問に思っているようだ。
なら、檻から出してもらってみてはどうだろうか。
「そうなんですよ、おかしいですよね。出来ればここから出して欲しいのですが……」
「ええ構いませんよ、貴方がお望みならば。このままではむしろわたくしが王に叱られてしまいますゆえ」
そういうと役人の猫は、ポッケから鍵のようなものを取り出し、カチャカチャと錠を外した。
僕は先ほどまでの閉鎖的な空間から抜け出し、大きく伸びをした。
「では参りましょうか」
なんの警戒もなく、すたすたと役人の猫は城に向かって歩き出した。
えっと……、どうなってるんだ……。逃げようと思えば逃げれるぞ。
いったい、不正コードの持ち主はどんな奴なんだろう。少し興味が湧く。
何が待ち受けているのか、もちろん不安もそこそこあるのだが、役人の猫の態度を見る限り、僕はこれから酷い目に遭わされるとはどうしても考えられない。
でも明らかに確かなのは、僕はこのまま役人の猫についていけば、王に会うことができるのだ。
その確信と共に、死神の猫の不正を報告せねばという本来の目的を果たすべく、役人の猫のあとをついていくのであった。
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