第26話 緊迫の入国審査
「よし。どうやら死神たちは、まだこちらには来ていないようだ」
関所の門から少し離れた路地裏の物陰から、周囲の様子を見回し猫の紳士は小声で言った。
死神たちは僕らの動向を既に察知しているようだった。
だから、まず間違いなく僕らの入国手続きの順番待ち番号も把握していただろう。
しかし僕はおじいさんと番号札を交換したことにより、はるかに早い時間に僕らの番号に順番が回ってきそうだった。
もしも仮に僕の順番待ち番号で現れていたら、きっと死神たちの待ち伏せで完全に包囲されていただろう。
おじいさんは僕たちよりもたった数時間ほど前に番号札を受け取っていただけだったが、僕の番号札と比較すると審査待ちの時間は3日ほどの差があった。
詳しい仕組みはわからないのだが、猫の紳士が言うには生前での行いで待遇が随分と変わるらしい。
確かにあのおじいさんは、三途の川を渡し舟ではなく、幌馬車で石橋を渡ってきたと言っていた。
生前での行いがあまりにも酷い者は、あの気の遠くなるほど長い三途の川を、泳いで渡らなければならないそうだ……。
僕はそんな待遇にならなくて心底良かったと思ったが、そう考えるとあのおじいさんは生前、相当良い行いをしたに違いない。
周囲の安全を確認した猫の紳士の合図で、僕は関所の門を潜り抜けた。
関所内の正面受付は、相変わらず混雑しており、死者と案内人の猫たちの熱気がむんむんと蒸し返していた。
僕らが目指す入国審査ゲートへの通路は、受付の行列とは切り離されており、まるでお祭りのメインルートを外れたかのように
巡回中の武装した猫とすれ違いつつ、僕らは少し明るめの部屋の入り口に辿り着いた。
入り口の上部にはでかでかと、『死者ノ国 入国管理局 第4審査室』と表札が掛かっていた。
少し中に入ると、部屋のこちら側と向こう側を分けるように鉄格子があり、その中央にはこの場所が
その鉄の扉の近くに立っていた、甲冑に身にまとった戦士のような猫が、僕たちを見て静かに立ち塞がった。
極度の緊張で跳ねる僕の鼓動の音が、部屋中に響いてしまいそうだった。
僕は心中を悟られまいと必死に平常心を装った顔で、甲冑の猫に番号札を見せた。
甲冑の猫は
僕は心底安堵し、背中に冷たい汗を感じた。
鉄格子を通り抜けた先の部屋の奥には3つの扉があり、左、中央の扉には『使用中』と書かれたプレートが掛けられていた。
この部屋の隅にも別の甲冑の猫が立っており、一番右の『空 室』のプレートが掲げられた扉の横にある長椅子を指さし、しばし待つように。と言われ、僕たちは腰を落ち着けた。
隣に座った猫の紳士は、おもむろに内ポケットから、またあの甘ったるくて臭い煙を出す葉巻を取り出し、喫茶雨やどりと書かれたマッチで火をつけようとした。
しかしその様子を見ていた甲冑の猫が、凄い剣幕でガチャガチャと走り寄ってきたので、猫の紳士は渋々それらをポケットにしまった。
数分待っただろうか、先に沈黙の封を切ったのは猫の紳士だった。
「わたしは、入国審査がどういった内容なのか、よく知らないのだが。とにかく入国さえすればどうとでもなる。あまり挙動不審になるでないぞ」
「う、うん……」
僕は緊張で心臓が飛び出そうだったが、間もなく部屋の中から、次の方! という声が聞こえ、僕たちはそそくさと腰をあげ扉を開いた。
中に入るとその部屋の中央には、洋風の大きめな四角いテーブルが置いてあった。
部屋の内装は洋館を模しているのか、アンティークの家具で揃えてあり、部屋の壁には誰が描いたか、不思議な雰囲気を醸し出している夜の海の風景画が掛かっていた。
四角いテーブルの右側の椅子には、チャコールグレイのスーツに金縁の眼鏡という出で立ちの、少し面長な黒猫が座っていた。
同じ黒猫でも死神の猫とは明らかに違い、何かとても神聖なオーラを漂わせ、いかにも位の高そうな審査官。という感じの猫だった。
「どうぞ。お掛けになってください」
審査官はテーブルを挟んで、反対側の椅子へ座るよう促した。
部屋の向こう側には、恐らく死者の国へ続くだろう扉があった。
あそこを出れば死者の国だ。と
「おや? 連れの猫がここまで付き添うのは珍しいですね。案内人の猫は関門前までの決まりですが……、特例証をお持ちですか?」
「ああ……いや。特例証は無い……が……。わたしは……、その、王から……、伯爵の位を……。で、その……、緊急でだな……」
そのしどろもどろな猫の紳士の回答に、審査官は金縁の眼鏡をキラリと光らせた。
光でレンズが反射してよく見えないその眼光は、明らかに猫の紳士に睨みを利かせていた。
その鋭い視線で毛を逆立てるようにして、びくりと硬直した猫の紳士は、怪しく目を泳がせて、明らかに挙動不審な様子そのものだった。
「とりあえず、猫のお方は後ろでお待ちになっててください」
審査官はそう言うと、僕の後ろの壁に立て掛けてあった折り畳みのパイプ椅子を、手で指し示しながら手元の書類に目を落とした。
「さて、入国審査を始めましょうか」
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