第24話 関所前宿場町

 僕たちは喫茶雨やどりを出発し、幌馬車が頻繁に往来している関所へと続く道を足早に進んだ。

 道中で死神の猫と思しき、真っ黒な猫を見かけた。

 不審にきょろきょろとしていたので、猫の紳士が言うように僕は追われているのだと確信した。

 僕らはひっそりと身を潜め、遠回りしつつ先を急いだ。



 関所前にはいくつもの建物が、隣接しては重なるように縦に連なっており、まるで巨大な古本がたくさん積まれた古本市のようなコロニーが形成されていた。

 その奇妙な様式の街並みには、等間隔に紅い灯籠とうろうが立ち並び、建物の上部には紫陽花あじさいのような色の大きな照明が張り巡らされ、周辺は神秘的な雰囲気を見せていた。

 猫の紳士が言うには、ここは往来する入国審査待ちの死者たちの宿場町として栄えているそうだ。

 ここの勝手をよく知っているのか、猫の紳士は迷路のように入り組んだ薄暗い小道を先導し、関所への最短ルートを案内してくれた。

 とにかく、関所の役人に助けて欲しいと必死になって訴えれば、きっと何とかなるだろう。そうたかくくっていた僕は、辿り着いた関所のあまりに殺伐とした雰囲気を見て戸惑いを隠せなかった。

 入国審査の入り口を見張る甲冑を来た兵士は、それなりの武装をしており、とても厳格な雰囲気を漂わせていた。疑わしきは罰せよ。という言葉がぴったりな風格で、もしも逆らおうものなら、否応なしにその場で切り捨てられそうな威圧感だった。


 もしも不正コードがバレてしまったら……。


 僕は一抹いちまつの不安を胸に、猫の紳士に連れられ関所の門をくぐり抜けた。

 受付では順番待ちのための番号札を受け取ったが、その番号を見る限り、まだまだかなり時間が掛かるだろうと容易に予想できた。

 猫の紳士はあたかもそれを想定していたように、とりあえず近くの宿屋で身を潜め、時間を潰そうということになった。

 幸い関所からそう遠くない宿に、ちょうど空き部屋が出ていたようで、なんとか一息つくことが出来た。

 宿の主人らしき猫が言うには、この近辺はもうほとんどの部屋が埋まっているらしく、とても幸運だと言っていた。

 それこそ廊下やエントランス、屋外の路上ですら仕方なしと、野宿をいとわない者もおり、その多くの者は入国審査の順番待ちをしながら宿の順番待ちをするといった、不可思議な現象に見舞われていた。

 幸運にも空き部屋にありつけた僕らの宿は、実に20階層建ての立派なものだった。

 僕らの部屋は8階層目にあり、その部屋の窓から見える景色に圧倒された。

 蒼く照らされた地上には、ぽつりぽつりと紅い灯籠の光が混じり、それは紫色の噴水のようにも見え、とても幻想的な風景を一望出来たのだ。

 またそこからは関所の中も一望でき、現在の順番待ちの番号が表示される掲示板が見えるので非常に好都合だった。

 猫の紳士は死神の動向が気になるようで、まるで落ち着かない様子で、周辺を少しを偵察してくると言って出て行った。

 ぽつんと部屋に取り残された僕は、急に不安になり、今置かれている状況を振り返っていた。


 不正コードで不法入国。僕はとんでもなく取り返しのつかないことをしているのだろう。他に安全な方法はないのだろうかと、少しばかり考えを巡らせてみた。

 ここから死者の国を取り囲む大きな大きな壁が見えた。あれをどうにかよじ登れないだろうか……。しかしあれはあまりにも高い。20階層ある宿の高さを見上げ比べてみたが、あの壁はそれよりも遥かに高い。どうやっても関所を通過しないことには、侵入を許さない作りのようだった。

 では関所の前の門番に、丁寧に懇願し助けを乞うてみてはどうだろう。しかし、そもそもこの状況でそんな目立つことをしてしまったら、きっとチェックの目は余計に厳しくなり、あっという間に僕のコードが不正コードであることが発覚してしまう。

 目立たず騒がず、しれっと関所を通過する。やはりきっとこれが最善なのだろう。

 結局はじめと同じ結論に至った僕は、宿の部屋の窓のそばで、時折肌を撫でるような優しい風にウトウトしながら、まだまだ先になるだろう順番待ちの番号表示をぼーっと眺めていた。


「おおっ!? おぉぉーい!」


 聞き覚えのある老人の声に、僕は窓から下の道を見下ろした。そこには幌馬車に乗せてくれた、あのおじいさんが手を振りこっちを見ていた。もちろんその隣には、あの怪訝そうな顔をした猫の案内人もいた。



 宿の14階層にラウンジがあり、僕はそこで空腹と疲労で憔悴しょうすいしきっていた二人の食事に付き合っていた。

 念のため、不在中に猫の紳士が帰ってきた場合のことも考え、部屋には置き手紙を残しておいた。

 僕は喫茶雨やどりで食べたオムライスが、まだ胃に残っている気がしたので、メニューのコーヒー欄にあった『死者ブレンド』を頼んでいた。

 おじいさんと猫の案内人は、ものすごく疲弊しているようだった。


「いやはや、こんなにも早くに君と再会するとはなぁ……。わしらは余程縁があるんじゃて」

「あはは、確かにそうですね。しかし僕はてっきり、既にあなた達は入国したのだと思っていましたよ」


 僕はコーヒーをすすりながら答えた。

 すると、猫の案内人は困った顔をして言った。


「ああ、そのつもりだった……。番号札も既に取っていたので、あとはその時を待つのみだった。しかしご老公がどうしてもと……」


 その猫の案内人の言葉に割り込むようにして、おじいさんは言った。


「観光巡りをしとったんじゃ。なぁにちょっとくらい寄り道してもバチは当たらんじゃろうとな。しかしまさかあのようなことになるとは思わなかったんじゃ……」


 猫の案内人はおじいさんに向かって、諭すように言った。


「ご老公。私はあれほど大人しく宿に入るべきだと言ったはず。明らかにあれはバチが当たったのです。挙句我らの幌馬車は、馬ごと見るも無残に飲み込まれ、途方に暮れる始末……」


 話を聞くと、おじいさんのわがままで様々な施設などや街に、敢えて遠回りするようにして、各所を巡っていたようだのだが、ある丘の上にある施設に立ち寄った時、森の中からとても巨大な黒い生物が現れ、乗っていた幌馬車を飲み込まれてしまったらしいのだ。

 二人は命からがら必死に逃げて、なんとか関所を目指しこの宿場町に徒歩で戻ったのだという。

 猫の案内人もその化け物は初めて見たらしく、沈着冷静な印象の彼が、こんなにもしどろもどろとしているのは、僕の想像を遥かに超えた恐怖を感じたのだろうことが伺える。

 あの大きな幌馬車を馬ごと飲み込むほどだ。もしも僕も同じように遭遇したら、一目散に全力疾走するだろう。

 そうしてくたくたに消耗しきってしまった二人は、どうにか空き部屋のある宿を、右往左往しながら探しまわっていたところだったのだ。

 あまりの出来事と疲労で、おじいさんは出会った時の元気は見る影もなく、とてもしょんぼりしていて表情は曇っていて、僕はとても気の毒になった。

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