第17話 一期一会
3度の鐘の音でふと気がつくと、少し上品なおじいさんと、気難しそうな猫の案内人が、僕の顔を覗き込んでいた。
石橋近くの道の、幌馬車が激しく往来をしている脇で、僕は倒れていた。
「少年。君は死してなお、死に焦がれているのか!?」
幌馬車に繋がれている馬の後ろで、猫の案内人はとても怒っていた。
「これこれ、口が過ぎるぞ猫くん」
おじいさんは僕に大した怪我が無くて安心したのか、安堵に満ちた顔をしていた。
「すまんのぅ、うちの幌馬車はどうやら急停止はできないそうでな」
「突然ふらふらと飛び出し、挙句に道の真ん中で立ち止まれては避けようもない」
そう言い放ち、
僕は立ち上がろうとしたが、背中に強い痛みを感じバランスを崩しよろめいた。
「どれ、これも縁じゃ。君さえ良ければ、幌馬車に一緒にどうかね?」
おじいさんの言葉で猫の案内人は不機嫌な様子だったが、僕はそのおじいさんの言葉に甘えることにした。
「おい、猫くん。ここにはどこか温泉やら、楽しい場所はないのか?」
幌馬車の中は
「……そうは言われてもだな……」
前方で幌馬車の馬を操る猫の案内人は、おじいさんの物言いに、やれやれと困った顔をしていた。
「どうもこっちの世界は、陰気臭くてたまらん……」
そう言うとおじいさんは、隣にいる僕の方を見て、何やら悲しそうにした。
「君もその若さでもうこっちに来てしまうとはなぁ。なんとも悲しいことじゃ……。どうして死んでしまったのだ? 病気かね?」
「その……、事故に遭ってしまって」
「そうか、それは不運だったのぅ……。親御さんはさぞ悲しんでおろう」
「……どうでしょうね」
「悲しんでおるよ。自分より先に子が逝ってしまうなど、悲劇以外のなにものでもない。……親とはそういうもんじゃ」
「じゃあ僕も弟も、親不孝者ですね……」
「兄弟がおるのか? 弟くんもこっちに来とるのかね?」
「ええ、弟と妹が。でも弟は僕より2年も早く事故で……」
「それはまた、とても堪え難い話じゃな……。兄弟ともに事故とは」
「でも……、弟は僕が殺したようなもんです……」
「何故、そう思うのじゃ? 事故なのだろう?」
「僕があの時、弟にあんな物を渡さなければ……弟は事故なんかに遭わなかった」
僕はあの時の後悔が、ぎゅっとこみ上げてきて苦しくなった。
「君は弟くんに、何を渡したんじゃ?」
「僕はきっと、家族で過ごしたあの夏が忘れられなくて……あの夏が好きで……。でも多分それはきっと……弟も一緒だと思って……。だから僕は、あの夏と同じように……」
僕は感情が溢れ出し、涙が出てしまいそうなのをぐっと飲み込んだ。
「何か2人にとって、思い出の品を渡したんじゃな」
「はい……。なんてこともない、他人が見たらきっとゴミみたいな物なんです……。でも、喜んでくれたんです……。眩しいくらいの笑顔で……」
「そうかそうか、君は弟くんがとても大事なんじゃな……」
うんうんと頷きながら、おじいさんは続けて言った。
「大丈夫じゃ……、君のその気持ちは、弟くんにしっかり伝わっとるよ……」
僕はとうとう堪え切れなくなり、それ以上語ることができなくなってしまった。
おじいさんもそれを察して、それ以上は問うことはなく、僕の背中をゆっくりとさすってくれていた。
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