第16話 23:12:37

 弟が眠る安置所を出た僕は、まだその場にとどまろうとする妹の手を取り、父と母のいるエントランスへ向かった。

 そこには灰色のコートの男が、二人に何か説明を始めようとしていた。

 男は僕と妹の姿に気づいて、軽い会釈をした。


「妹さんと……そちらはお兄さんですね?」

「あ、はい……」


 病院内は少し薄暗くて、細かいものよく見えなかったが、男は何やら黒っぽい手帳を開き、金色のエンブレムをこちらに見せた。


「わたくし、こういう者です」



 その刑事が説明してくれたのは、車を運転していたドライバーの供述だった。

 弟の事故は、弟みずからが道路に飛び出してきたらしい。

 目撃者もいたらしく供述に偽りは無いと判断したが、念のためドライブレコーダーを提出してもらったそうだ。

 その映像は、希望すれば被害者遺族にも見せてくれるということだったので、僕と父はお願いした。

 少し落ち着いてきた母は妹に任せ、タクシーで先に帰ってもらうことにした。

 僕と父はその刑事に促されるまま、パトカーに乗り警察署まで同行した。



 署に着いた僕らは、数台のディスプレイが並ぶ部屋に通され、そこには既に若めの警官が何やらガチャガチャと機器を操作していた。


「もう少し先だな。……ん、その辺りで止めてくれ」


 刑事に指示されるままに、その警官がドライブレコーダーの映像を、早送りと巻き戻しを繰り返していた。


「お待たせしました、どうぞこちらに」


 僕と父はその刑事の座っていたパイプ椅子と、壁に立て掛けかけてあった椅子を取り出し腰かけた。


「回してくれ」

「はい」



 …………。



 少しばかり画質の悪い映像だった。

 意図的にOFFにしてあるのか音声はなく、淡々と流れる映像に僕と父は、ただ沈黙して目を凝らし見ていた。 


 実家の近くだろう。見覚えのある道路だ。

 信号のある交差点に人影が見えた。

 弟だ。

 まだ車との距離は結構あるが、すぐにそれが弟だとわかった。

 数時間前の夕方に別れた時と同じ、学校の制服姿だったからだ。

 ドライブレコーダーの映像が示す時刻は『23:12:37』を回っていた。

 バイト帰りにしては少し遅い時間だと感じたが、『今日はこっちの店舗にヘルプ』という弟の言葉をすぐに思い出した。

 弟はポケットから何か丸くて小さい光るものを落とし、不自然にきょろきょろしていた。

 信号機は青のままなので、車は特に減速することなく進み続ける。

 映像は弟の立つ信号を、間もなく通り過ぎようとしていた。

 次の瞬間、突如車の前方に現れた人影が、ボンネットに激しく衝突し、その人影はうねり、ひしゃげた。

 その後はフロントガラスに入った少しのヒビと、赤い飛沫ひまつで視界が遮られた状態の映像が続いた。

 目の前の映像は何かの映画のワンシーンのようだった。

 でも弟のその姿を目にした瞬間、僕は一気に現実に引き戻された。

 まるでその場にいるような感覚だった。



 刑事が口を開いた。


「弟さんのご遺体の手に、このガラス玉が強く握られておりました」


 刑事は透明の袋を取り出し、少し血液が付着したガラス玉のようなものを見せた。 


「映像のとおり、恐らくこれを拾うのに車道へ飛び出してしまったのでしょう」


 僕はそれを見て、相槌も打てないほどのショックを受けた。

 その後交わされた刑事と父の会話は、僕の耳に入ってこなかった。

 あの時、僕がこんな物を渡さなければ弟は死ぬことはなかったのだろうか。

 胸を掻きむしりたくなるほどの後悔に、僕はぎゅっと固く唇を噛みしめた。

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