第7話 転生と輪廻サイクル

 猫の紳士の鼻歌が実に愉快で、走馬灯のように駆け巡った過去の思い出に懐かしむ僕の気分を見事にぶち壊しにしていた。

 猫の紳士は少し肌寒くて震えていた僕を気遣って、少し猫くさい毛布のようなものを貸してくれたので僕はそれにくるまった。

 ひんやりとした冷たい風で空にかかった靄が押し流されて、この三途の川の広大な水面が少しだけ顔を見せた。

 ぼーっと遠くを眺めていると、ずっと向こうにも僕らの舟と同じ方角を向いている渡し舟の姿が、うすく揺らいだ霧の中で見え隠れした。

 僕はぐるりと辺りを見渡し、数を数えてみた。


 ひとつ、ふたつ……みっつ、よっつ、いつつ……。


 案外いくつもあった小さな明かりの数に僕は少し驚いた。


「周りに見えるほかの舟にも、僕と同じような死者が乗ってるのかい?」


 猫の紳士は鼻歌を止めて僕の方を振り向いた。


「その通りだ。大昔に比べて最近は戦争や餓死などの減少で死の総量が小さくなり、随分とここへ訪れる死者の勢いは減っていたのだが、なぜかここ1、2年ほど急激にまた死者の数が増えていてね……」


 猫の紳士はもごもごとしながら続けた。


「本来ならわたしもそろそろ契約期間の満了で、次の命を頂く時期なのだが、近頃『輪廻りんねサイクル』に乱れが生じているらしいのだ……。わたしはその影響の煽りを受けて、なかなかお役御免というわけにもいかず、先日とうとうコーディネーターに猫の手も借りたいのだと契約延長のお願いをされてしまったのだ……」


 猫の世界でも契約社員は厳しいんだな……と僕は複雑な気分になった。


「少し気になったんだが、その『輪廻サイクル』ってのは何だい? 生まれ変わりのこと?」

「ああ、そうだった、完全に失念していたよ。危うく諸々の説明をせずに君を入国させるところだったよ。次ペナルティを受けてしまうととてもまずいのだ……」


 猫の紳士はおどけて見せたけど、ちっとも可愛らしくは見えなかった。


「よしそうだな、では死者の国の仕組みなどと合わせて説明をしよう」



 猫の紳士の話は少し長かったが、ざっくり整理するとこういうことだった。


 まず『輪廻サイクル』とは僕が察した通り、死したものが生まれ変わる輪廻転生のサイクルのことであり、生まれ変わるためには死者の国での労働で徳を積み、ある一定の徳に達成したところで転生権利を手にすることが出来るというシステムになっていた。

 もちろん転生せずに死者の国に留まり続けるという選択も認められていた。

 死者の国での生活は基本自由であり労働を強制されないので、その住み心地の良さから転生する道を敢えて選ばず、留まり続ける死者は増加傾向になっていた。

 さらに近年の死者の増加も拍車をかけて、死者の国は賑わいを見せているそうだ。


 そういうこともあり最近は徳を積み転生権利を手にした転生希望者の数は減少傾向だった。

 しかしそのわずかな転生希望者も、どういうわけかなかなか転生が受理されないという異常事態が起きており、転生希望者の中でも転生への競争率が非常に高くなっていた。

 その異常事態がつまり『輪廻サイクルの乱れ・・』ということらしい。

 競争率が高くなってしまっている原因としては、一説によると現世の日本国内の出生数が100万人を切ったというのが大いに関係しているらしい。

 それにより徳を積みきってしまい確約された転生権利を持つ者までもが、順番待ちの状態で渋滞が解消されることはなく、転生希望者の列は途切れないのであった。

 なかなか転生できないと知った死者たちは、手持ち無沙汰な状態で暇を持て余し、どうせ長く滞在するならばと、死者の国の環境をより良く改善すべく活動を始める者が増えた。

 それは死者の国での居心地の良さをさらに増長させ、結果的に死者の国の滞在者は増加の一途を辿る悪循環を起こしていたのだった。


 渡し舟の仕事も、徳を積む労働の一つだそうだ。

 慣れた手つきで器用に舟棹を操るこのローブの男は、住み心地のいいらしい死者の国での滞在ではなく転生を望み、この渡し舟の仕事をしているのだろうか。

 そのひたむきで寡黙かもくな様子から、彼は相当徳を積んでいるに違いないと、勝手に僕は想像を膨らましていた。

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