二話 闇が、この街に刻々と近づいている
『闇が、この街に刻々と近づいている。
知った者は、逃げなければならない。
けれど他に知らせることは出来ない。
この街は今滅び、闇に奪い去られる。
逃げるべき人間は君だから、一緒に。』
暗い夜の風景をバックに、黒髪の穴もちらほら見える服を着た少年が立っていた。
そんな少年はいたずらっぽく笑うと、私に右手を差し出した。
「この街から、出よう。死にたくなけりゃな」
突然の言葉に、当然ながら私はなにも反応できなかった。反応できるはずがないのだ。
そもそも、この少年は誰だ。絶対にただ者ではない。汚い口調、薄汚い服、そしてこの馴れ馴れしさ。こんなものを夜更けに見せられるなんて、私は
私は無言を貫いていたが、少年は一向に私の反応を黙って待っていた。
少年の向こう側から、そよ風の音がする。その音がどうも、私になにかを急かしているようでたまらなかった。
次第に少年の表情にもやや影が差し始める。
「この街から……出る?」
何かしなければ、と私はやっとのことで声を出す。私が反応したので、少なからず少年はほっとしているようだった。
少年は軽く頷くと、私に続けた。
「そう、この街からでるのさ。逆に訊くけど、そうじゃないなら君は、どうしてこんな真夜中に玄関になんかいるのさ?お掃除かい?えらいねぇ」
少年の言葉は、どこかしゃくにさわる。
けれどそれは、どこか懐かしいものだった。
「声が、聞こえたから」
半分無意識に、私の口は少年に答えた。
出来過ぎた物語のようだけれど、私の言葉は、決して嘘ではないだろう。
私の目には何かが宿っていたようで、少年は私の目を凝視すると、声をあげて笑った。
「誰も、君が嘘つきなんて言わないよ。だからそんな目はやめな」
不思議と、少年のその態度を見ていると、ほっとしている自分がいるような気がした。別にこの見ず知らずの少年に、何を言われようと関係ないのに、どこか関係あるように思えてしまう。
私はどんな顔をしていたのだろうか。少年は笑い終えるとその私の顔を見て、私の肩を叩いた。
「君は今夜、この街から出ないといけない」
「……なんで?」
「それは明日、この街は滅ぶから」
沈黙が訪れて、再びのそよ風。少年の目には一切の後悔の色はない。どうやら少年は私の反応に驚いてはいないようだ。
しかし少年が言ったことは、尋常ではない。明らかに普通ではない。ーーそれ以前に、少年がいるタイミング、場所、すべてがありえないのだが。
この街が滅ぶ。その言葉を理解するのには時間がかかったが、私は反応に困った。
そもそも、この少年は誰だ。そして、正気か。狙いは何なのだ。
「ーーは」
結局私の口から出たのは、何の意味も成さない言葉だけだった。しかし誰も、私の反応を責められやしないだろう。全ては、この少年が原因だ。
「信じられないかもしれないけど、俺を信じろ。日付が変わったとき、この街は闇に屠られて、滅びる。この事実は、絶対に変わらない」
少年は、少しーーいやかなりややこしく答えて、私を混乱させた。
街が明日、滅びる。根拠もないことを、少年は確かに確信していた。
そしてーーそれを私に押し付けようとしている。……なんで私だけ?
「なんで私に言うの。もし、その話が本当だとして、あなたはこの街の人みんなを見捨てるの?」
思ったより、うまく言えた。
「ああ。見捨てる」
私が言えたことにほっとしているところに、少年の言葉が突き刺さった。
あまりにも無情で、信じられなかった。
「君だけしか、生き残れない」
……何をいっているんだ。この少年は。
危ない、と思った。
私は玄関の扉に手をかける。
ーーいまなら間に合う。この少年のことは忘れて、私はいつものように眠るのだ。
そう思って、力をかけた。
だっ、と、私の手が扉のノブを空回りする。
慌てて少年に目をやるが、少年が扉に触っているなんてことはなかった。同様に足元も見たが、少年の足は動いていなかった。
しかし、動かない。玄関の扉は動かなかった。
少年の顔に変化はなく、微笑んで私を見つめていた。
「君は、この街から出なければいけない」
少年は、私に
私はその夜、その少年の言葉に従って、家族さえも置いて、家を出たのだった。
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