一話 私の名前を呼ぶ声が聞こえる

『私の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 誰かが私の名前を叫んでいる。

 その声は、遠くのどこかから。

 何か私に伝えようとしている。

 それは、なにかよくないこと。』








 ニーアン王国三大都市のひとつ、リハナルータで私は暮らしていた。家は大きく、そのため私は小さい頃から大きな自分の部屋をもっていた。


 キア・ターリアの名前をもつ私は、なにかと目立ち、そして私はそれに困らされた。



 ……今だって、そうだ。



「ーー対するのは、リハナルータセントラル学園五年生!キア・ターリア!」


 歓声が聞こえる。私の学校の生徒や、その関係者たちだろう。

 実際、彼らが私をここまで連れてきたのだから、なんともいえない。


 私は胸元に装備されているペナナイフを三つ手に握る。向かい合う相手も、動作は違うが同じように構える。


 『ペナ』とは、この国で盛んに行われるスポーツだ。いろんなフィールドで、お互い三十個以内のペナナイフを投げ合う。それらがどこに刺さるかで、得点が違い、その得点で勝敗が決まる。

 ユニフォームがペナナイフの刺さりやすい設計にしてあるため、基本怪我はしない。

 けれど。


「この決勝戦に勝った選手が、ニーアン王国ペナ部隊女子長に選ばれます!」


 ニーアン王国ペナ部隊。要は、戦争にこのスポーツは使われるのだ。もちろん、戦争で使われるペナナイフはスポーツのものより重く、大きく、時には毒だって塗る。しかし、人を殺すことのできるこのスポーツは、私は恐ろしいと思う。


 そんな私の心の内なんてつゆ知らず、会場は盛り上がる。


「それでは!!試合開始ですっ!!」


 コールと共に、私と相手はお互いフィールドの中心に近づく。

 相手も私も、お互いに出方をみる。

 会場には相変わらずの歓声が響く。


 ペナナイフが投げられるぐらいの距離になったところで、相手は何の前触れもなくナイフを投げた。

 そのナイフは、無駄に良い音をたてて私の肩に刺さった。

 会場は騒ぐ。ここからが本番だ、と私は自分に言い聞かせた。大丈夫、ここからだから。


 私は相手の左にまわるようなかたちで走った。相手は動かない。

 いける、と思った刹那、相手の左手が無造作に動いた。私が反応した時には、ナイフが私の胸と、顔のガードに刺さっていた。


 そこから先は、覚えていない。






 試合は完敗だったそうで、私はなぜか放心状態で家に帰った。父と母は私の顔を見るなり、なにも訊かず夕食を食べようと口を揃えた。


 その日の夕食の味は、いつもよりどこか濃い気がした。



 その日の晩のことだった。


 私の名前を呼ぶ声が聞こえた。

 誰かはわからない。けれど、どこかはっきり言っていた。

 なにかを伝えようとしているようで、なにか悪いことを……。


 恐ろしくなって、私は若葉色のベッドから身を起こした。こんな不思議な事は初めてだった。

 ふと目をやると、窓の向こうに、無数の光が瞬いていていた。


 私は小さな決心をして、動き始める。

 部屋をそっと出て、私はなぜか玄関を目指す。なぜなら、先ほどの声がそれを望んでいるような気がしたから。


 廊下は静かで、私の裸足が奏でる足音だけがその場の空気を震わせた。小さいけれど、しっかり聞こえる私の足音だけが。


 やがて私は、家の玄関にたどり着く。いつも見ているものなのに、そうではないような気配を、玄関は放っていた。

 これからどうしたらいいのかわからないのに、私の中には得体の知れない自信が溢れていた。

 暗い空気の中、私は玄関の前に立ち尽くした。なにかが、近づいているような気がした。私だけが、それに気づいている。誰かが、私にそれを教えている。


 私がなにもする事がなく、しばらく玄関の前に立っていると、玄関の向こうから微かに音がした。

 ノックをするような、小さな音。

 決して向こう側からは開けることが出来ないのに、その音は小さかった。

 私は、その音に応えるべきだと思った。


 恐る恐る、扉に近づいて、こちらからもノックをする。とっても小さい音で。


 その音が向こう側に聞こえたのか、扉の向こう側から物音がした。まるで、誰かが驚いているような音が。


 しばらく待っていると、扉のロックがかちゃんと解鍵される音がした。

 なぜか、恐怖は感じなかった。

 まるで、はじめからそれを期待していたように。

 そして、ゆっくり、玄関の扉は開いた。


 玄関の向こう側には、どこかで見たことがある、いたずらっぽい表情を浮かべた少年が立っていた。

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