第十話:驚きのプレゼント

 陽光は一層強さを増し、いよいよ夏本番を迎えたある日。

 今日は佑太の誕生日だった。授業を終え家に帰ってきた佑太に、母親が声をかけた。

「お帰り」

「あれ、早いね今日は」

「あなたの誕生日だもん、ご馳走しないとと思って早く帰ってきたの。そうだ、これ誕生日プレゼント」

 母が誕生日テイストに包装された小さな紙袋を手渡してきた。

「おー、ありがと。中、見てもいい?」

「どうぞ」

 袋の中に入っていたのは最新式のワイヤレスイヤホンだった。ちょうど欲しいと思っていたアイテムだ。

「うわ、サンキュー。これ欲しかったんだよ」

「ふふ、リサーチに抜かりないでしょ」

 どこで情報を手に入れたのか。さすが母だ。

「それから、これも。私からじゃないけど、あなた宛に届いてるわよ」

 そう言って母は小包みをそっと佑太に渡してきた。

「なに、これ」

「私が見ちゃうのも悪いから、部屋で開けてみなさい」

「うん」

 佑太は二つのプレゼントを手に抱え、二階の自分の部屋に向かった。部屋に入り、イヤホンの箱を机に置く。手に残った小包みを裏返すと送り主の名が記されていた。その名前を見た佑太は驚きのあまり目を見開いた。

「どういうことだよ……」

 そこに記されていた名前は、景山雅史。佑太は我が目を疑ったが、そこに記されている名前は確かにあのマサ兄のものに違いはなかった。

 誰かのいたずらか?

佑太は怪しんだが、とにもかくにもその小包みを開けてみなければ何も分からない。ドキドキと鼓動を早める胸をなんとか諌めながら、佑太はその小包みを開いた。

 中には一通の封筒と、二枚のDVDが入っていた。封筒には「佑太へ」という文字が表紙に記されている。佑太はそっとその封筒を開けた。封筒の中には一枚の手紙が収められていた。佑太は、手書きで綴られているその手紙に目を通した。



『佑太へ


 久しぶり。マサ兄こと、雅史だ。この手紙を目にして、驚いていることと思う。当然だよな、俺はもうこの世にいないはずだから。誰かのいたずらなんじゃないかって、お前は疑っているかもな。

でも、信じて欲しい。この手紙は正真正銘、景山雅史が書いています。お前の16歳の誕生日にあわせて届けてもらえるよう、おばちゃんに頼んでたんだ。びっくりさせてごめん。だけど、おせっかいながら最後にお前に伝えたいことがあってこの贈り物をさせてもらってます。内容は同封したDVDに収めてあるから観て欲しい。ただ、そのDVDもお前の状況によって観て欲しいものが違うから、俺からちょっと質問させて欲しい。


 お前は、今もバスケを続けているか?


 もし続けているなら、一枚目のDVDを観てくれ。二枚目は全く意味のない内容になるから、完全に無視してもらって問題ない。この一枚目には俺からのバスケのアドバイスを収めてる。誰よりもお前のプレーを見てきた俺だ、何かしら役に立てると思う。まあ、もう高校生にもなったお前には余計なお世話かもしれないけどな(笑)。


 もしバスケを続けていないなら、二枚目のDVDを観てくれ。これは完全に俺からの、お前へのひとりよがりなメッセージだ。全然誕生日プレゼントになってないかもしれないが、まあそこは許してもらえると嬉しい。


 じゃあ、ひとまずここでペンを置くな。DVD、観てくれよ。

                                      雅史』

 

 この字は間違いない、雅史のものだ。本当に雅史から贈り物が届いたのだ。

 佑太は口を半開きにし、手を震わせながら手紙を机に置いた。

 今の俺が観るべきは……佑太は二枚目のDVDを手に取った。そのディスクをDVDレコーダーにセットし、テレビの電源を付ける。入力を合わせ、再生ボタンを押すと、おそらくハンディカメラを机に置いてでも撮影したであろう少し粗い映像が流れ始めた。

 画面の中央に映っていたのは、紛れもなく景山雅史だった。背景を見るに、そこは病院の中の一室のベッドの上だろう。雅史の顔は、佑太の記憶とかなり乖離していた。頬はげっそりと痩せこけ、全身の筋肉が一回り以上も落ちているように見える。目だけが辛うじて以前の強さと輝きを保っていた。

 どうしたマサ兄? なんで病院に?

佑太が疑問を感じるとほぼ同時に、画面の中の雅史が話し始めた。


「佑太、久しぶり。元気にしてるか? このビデオはちょうど一年前、去年の八月に撮ってます。今の俺にとっては一年以上先のことになるけど、誕生日おめでとう。あっという間にお前も高校生か。でもこのビデオを観てるってことは、お前はバスケやめちゃったってことなんだな」


 画面の中の雅史は唇をぎゅっと結んで少しだけ俯いた。


「色々言いたいことはあるけど、まずはお前に謝りたいことが二つある。まず一つは、一緒にNBAにいこうって約束はちょっと守れそうにないってことだ。お前がこのビデオを観ている頃には俺はとっくにこの世界からいなくなっているだろう。本当にごめんな。そしてもう一つは、お前に嘘をついてしまうことだ。俺は、交通事故なんかで死ぬんじゃない。病気で死ぬんだ。若年性の癌になっちゃったんだ、俺」


 えっ……

 佑太は初めて告げられる事実に言葉を失っていた。


「しかももう末期で、残された時間は多くないって。正直に教えてもらったよ。でも大事な全中の試合の前にお前を動揺させたくはないから、病気のことは秘密にさせてもらってる。この先俺が死んだときにも、佑太には交通事故で突然死んだことにしといてって、親に伝えた。俺が死んで、お前はいきなり約束すっぽかされるんだからただでさえふざけんなって感じだろうし、その上に病気のこともずっと隠されてたなんて知ったら、裏切られたって感じても仕方ない。自意識過剰かもしれないけど、俺はそのままお前がバスケをやめちゃうんじゃないかって不安に思ってるんだ。俺はとにかくお前に、俺の死に引きずられずに今まで通りにバスケを続けてもらいたいって、本気で願ってるんだ。まあ結果的に嘘をついてしまうことには変わりないから、ここで謝らせてもらうな。すまなかった」


 そう言って画面の中の雅史は軽く頭を下げた。佑太は食い入るように画面を見つめることしかできなかった。


「でも結局、俺の願いは届かなかったわけだ……俺が言えることじゃないと思うけど、正直言ってとっても残念だ。だって、俺は誰よりもお前の才能に惚れ込んでた。その才能は俺なんかとは比べ物にならない。お前はそう遠くない将来に日本で一番の選手になって、NBAに飛び立って行くって本気で俺は信じてた。お前の成長を見るのが何よりも楽しみだったんだ俺は」


 そんな風に、思ってくれていたのか。

 いつも優しく何時間だって練習に付き合ってくれた雅史の姿が脳裏に蘇る。


「天国に行ったら何ができるんだろうな。最近よくそんなことを考えるんだ。まあ確実にバスケはできなくなるだろうからさみしいよな。でも、夢の続きを見ることくらいは許してくれるだろう。だから佑太、バスケを続けて俺にまた夢を見させてくれよ。俺がお前に言う最初で最後のワガママだ」


 画面の中の雅史は随分と弱々しくなったその顔に、目一杯の笑顔を浮かべてみせた。

 夢、か。

 佑太は窓から外の景色を見渡した。建物が作り出す、空とのでこぼこな稜線にすっかり夕陽は溶け込み、辺りには本格的に夜の訪れが近付いていた。


「最後に、もう一個だけ質問をさせてくれ」


 画面内の雅史が再び話し始める。すっかりビデオの内容は終わったものだと思っていた佑太は意表をつかれた。


「お前が通っているのは明成高校か? そうでなければこのままこのビデオは停止してもらって大丈夫だ。逆にもしそうなのであれば、もしお前が明成高校の一員なのであれば、このままビデオを観続けて欲しい。伝えなきゃいけないことがある」


 予期せぬ展開に驚きながらも、佑太は雅史の指示通りビデオを再生し続けた。しばらくして画面内の雅史が再び口を開いた。


「やっぱりそうか。バスケをやめるんなら明成に行くと思った。ずっとお前のことを見てきたんだ、考えることは手に取るように分かるよ」


 そう言うと雅史はいたずらっぽく笑ってみせた。


「どうせバスケ部はすぐになくなるから静かで良いってのと、あとは約束を破った俺への小さなお返しだろ? 廃部の可能性がある明成には絶対来るなってお前には何度も伝えたし、お前もそれを守るって約束してたもんな。……まあそんなことはどうでも良いから本題に入るな。明成に入ったお前の前に、鈴村未央っていう女の子が現れただろ?」 


 雅史の口から未央の名前が出たことに、佑太は心底驚いた。


「鈴村未央は俺の実の妹だ」


 唐突なカミングアウトに雅史は呆然とした。画面が視界の中で揺れて見えた。

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