第十一話:明かされた真実

「つまり、俺は鈴村監督の息子でもある。俺がまだ小学生の頃に父さんと母さんが離婚したんだ。未央は父さんに引き取られ、俺は母さんに引き取られて景山って名字に変わった。男女逆の組み合わせだから珍しいかもな。でも家族内の問題は父さんと母さんの間だけだった。離れて暮らすようになっても、俺は父さんにも未央にもよく会いに行っていたから。父さんはずっと明成高校のバスケ部の監督をやってたけど、俺はその時すでに大した強豪でもなくなっていた明成に進む気はなかった。でも俺が高三の冬、明成高校で馬鹿げたルールが制定された。そう、五年以内に全国大会に出場できなければ男子バスケ部は廃部にするっていう、あれだ」


 雅史の顔は徐々に苦々しい表情に変わっていった。


「成績の低迷や、それに見合わない多額の活動費というのが一応の理由だったが、そんなのは建前でしかない。他にも低迷したり金が多くかかってる部活はたくさんあるんだ。男子バスケ部がピンポイントで狙われた理由、それは学内ポストを巡る政治争いだ。父さんは現役時代は明成の黄金時代を支えた名選手で、監督として復帰した後も長きに渡って名門と呼ばれた明成バスケ部を率いてきた、いわば明成の英雄だ。高校内では言わば聖域的な地位にいるし、発言力も強い。実際に経営陣に対し、耳の痛い提言をすることも多々あった。経営陣にとったら、そんな父さんの存在が目障りだったんだろう。だから強行的にルールを決め、父さんを切ろうとしたんだ。周囲への見せ方に配慮して五年という猶予は設けてはいるが、直近の成績からすればとてもじゃないが全国は難しい。実質的には父さんへのリストラ宣告だったんだ。俺は明成の経営陣が許せなかった。絶対に父さんをやめさせやしないと決意して、明成に進学することを選んだ」


 そういう背景があったのか。佑太の心の中のつっかえが一つ消えてなくなった。

 全国区の選手である雅史が明成に進学したことは、当時誰もが関心を持ち理由を知りたがった謎だった。父親への思いがその決断の裏にあったとは知る由もなかった。


「明成に入った俺は、全国まで進めるような強いチームを作る、そのことだけを必死に考えて行動を起こしていった。一年生ながら生意気なことも随分言わせてもらったと思う。幸いにも、当時の先輩たちは優しくて器量の大きい人たちが多かった。理不尽な上下関係を強いることはなく、生意気な新入生の意見にもちゃんと耳を傾けてくれたよ。おかげさまで、チームは徐々に噛み合い始めていった。どんどん良い波に乗って、強くなっていった。俺が一年のときは県ベスト8、二年のときにはベスト4にまで躍進することができたんだ。急速に強くなった俺たちを見て魅力を感じたのか、実力のある中学生も明成に来てくれるようになった。お前と被る学年で言うと、センターの高山なんかがその代表かな。当時中学では県1、2を争うセンターと言われた高山も加わって、俺のラストイヤーは全国出場が現実的な目標として視界の中に入って来ていた。高校の経営陣は焦っただろうね」


 じわじわとその目に見える面積を減らしていた太陽が、いよいよ姿を消そうかとしていた。部屋の中にはすっかり暗がりが充満しようとしていた。言葉もなくビデオに見入っていた佑太は思い出したようにリモコンで部屋の電気を点ける。


「そして俺たちはウィンターカップ予選で決勝まで進んだ。遂に全国まであと一勝のところまで来たんだ。チームのボルテージも最高潮に高まっていた。相手は数年前から大胆なスカウティング活動で急速にのし上がり、当時大会二連覇を果たしていた王者・海常。壁は大きかったが、勢いに乗った俺たちなら絶対に勝てると自信を持って試合に望んだよ。実際、その自信通り俺たちは海常に対して優位に試合を進めた。俺もこれまでにないくらい調子が良かった。試合時間残り6分の時点で俺たちは二桁、10点のリードを奪っていた。明成の誰もがはっきりと勝ちを信じて疑わなかったと思うよ。ちょうどそのときのタイムアウト明けだった」


 雅史がゆっくり目を伏せた。


「新しく出てきた一年生の選手が俺のディフェンスに付いたんだ。俺がそいつをかわしてジャンプシュートを打ったとき、そいつの足の上に着地してしまった。思いっきり足首をひねって激痛が走った。一瞬でもうだめだって察したよ。俺はメンバーに背負われながらコートを後にした。最初は頭が真っ白だったけどコートから離れるにつれてどんどん実感が湧いてきた。あれだけ強い気持ちを持って立っていたコートを試合の途中で離れなきゃいけないんだって。ロッカールームに着いたときには涙を抑えきれなくなってた。恥ずかしいけどな。でも悔しくて仕方なかったし、自分が情けなかった。とにかく勝ち切ってくれ、離れた所からそうチームメンバーに祈るしかなかったんだ。でも、願いは届かなかった。明成は動揺し、リズムが完全に狂ってしまったみたいだ。その隙を王者・海常が見逃すわけがなかった。明成は防戦一方になり、点差はあっという間になくなったようだ。結局2点差で、俺たちは劇的な逆転負けを喫した」


 雅史の声は掠れ、消え入るように儚いものになっていた。当時の雅史の心中は察するに余りある。佑太はぐっと下唇をかんだ。


「あと一歩のところで俺たちは全国の切符を逃した。みんなロッカールームでわんわん泣いてたよ。もうお通夜みたいな雰囲気だった。今年が最初で最後のチャンスっていう意識はみんな暗黙のうちに持っていたからね。失望感はことのほか大きかった。さすがの親父もショックを隠しきれてなかったよ。俺は試合後に病院に運ばれて診察を受けさせられた。でも診察結果なんてどうでも良かった。だって、もう試合の結果は変わらないんだ。そして、病院の待合室でふさぎこんでいた俺に、さらにショックを与える話が飛び込んできた。見舞いにきた未央が真っ赤に腫らした目で俺に教えてくれた。『お兄ちゃんの怪我、あいつらわざとやったんだ』ってね」


 わざと……。

 佑太は驚きのあまり目を見開いた。


「試合後の体育館内の通路で、海常の監督と理事長が立ち話をしているのを見かけたらしい。未央は角に隠れながら話を盗み聞きした。未央の耳に届いてきたのは、俺を見事に負傷退場に追い込んだことを褒める理事長の声だった。理事長と海常はグルだったんだ。そもそも海常は明成の姉妹校として設立された高校で運営母体は同じだ。そのトップである理事長の意向は無視するわけにはいかない。理事長はその力関係を利用して、念のために事前に根回しをしていたんだろう。俺はまんまとその罠にはまってしまったわけだ。今となっては後の祭り。やるせなくて、もう流し切ったと思ってた涙がまた溢れてきたよ。未央が抱きしめてくれた腕の中で俺はまた思いっきり泣いた。すぐに髪がひんやり濡れた感触がした。未央も泣いてた。俺たちは病院で周りの視線も気にせずに涙を流した」


 無意識に握りしめていた拳に、水滴がぽたりと落ちるのを裕太は感じた。気付くと佑太の頬にも二筋の細い水脈ができていた。雅史と未央の無念への同情、大人たちの姑息な行いに対する怒り、様々な感情が頭の中でないまぜになり、開かれた目を通じて外の世界に流れ落ちた。


「それからしばらくして、俺は病気になった。そして余命は一年もないことが告げられた。そんな俺に、病室で泣きながら未央が言ってくれたんだ。『続きは私がやるよ。絶対に私が代わりにお兄ちゃんの夢を叶える。コート上で何かできるわけじゃないけど、マネージャーとしてできることは何でもやる』ってね。バスケの経験者でもないし、マネージャーとしての未央に許される時間は最後の一年しかないのにな。俺はそんな未央の姿はもう見ることはできないから想像するしかないけど、あいつ、がむしゃらに頑張ってるんじゃないかな。父さんを守ろう、お兄ちゃんの無念を晴らそうって、少ない時間で必死になって」


 佑太の脳裏に、自分を何度もバスケ部に勧誘してきた未央の姿が浮かんできた。


「そんな未央を少しでも助けたいと思って、俺は未央に伝えたんだ。『もしかしたら、明成のお前の同期に大石佑太ってやつがいるかもしれない。そいつは、いずれはNBAプレイヤーにだってなれる男だよ。でももし明成にいたら、おそらくバスケをやめてると思う。だからなんとかそいつをバスケに復帰させてやって欲しい。未央ならできる。ただし、俺のことは絶対に話すなよ』って。だから、お前のところにきっと未央は勧誘に行ってるはずだよな。未央のことだから、断られても健気に何度でも」


 画面の中の雅史は、まるでビデオカメラの向こうの世界がはっきりと見えているかのようにまっすぐに佑太の目を見つめている。


「なあ佑太、未央を助けてやってくれないか? あいつを助けてやれるのは、もうお前しかいないんだ」

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