第34話 時をこえて
月と星が綺麗に見える、静かな夜だ。
オレは一人で誰もいない虹彩の外れにいた。過去のオレは虹彩に来たことがない。窓から外を眺めれば現実だと判るし、リューナが居なくても、目覚めることが出来るようになってきた。
アイキに教わりながらリューナも剣の練習をしているようだ。あのリューナが魔法の杖を持たず、剣を使って戦うなんて想像できない。
今日は、めずらしくアイキが夕飯を一緒に食べようと言いに来て、オレは喜んでアイキと並んで座り、大勢で食卓を囲んだ。一人で食べるよりもずっと楽しくて、美味しかった。リューナの機嫌もとても良さそうで安心した。
『ルーセスは、オレが守るよ』
アイキは、何も変わっていない。変わったのはオレの方だ。
月に手をかざす。指の間から溢れる白い光は、魔法のように美しい。あの数多の黒い魔物を退治したときも、月がとても明るかった。ラピスのお陰で光の魔法が使えた。
夢の中で何度もアイキとルフを殺した光の魔法。
眠れば、また夢の続きを見るんだろう。感情も感覚もあまりにも鮮明すぎる。オレと同じようにラピスも夢を見るのだろうか。その傍らにビシュがいるのだろうか……。
オレは今まで何をやっていたのだろう。王子として生きてきた。魔法を使えない劣等感から、リューナの魔法に憧れた。オレの世話をしてくれるアイキにも頼ってばかりだった。
何かやらなくてはいけないと毎日、任務をこなし剣の練習に励んだ。けれど、何かが違う……そう思っていた。
「ルーセス! 部屋に居ないから心配したじゃない!」
「リューナ?!」
振り向くとリューナが立っていた。走ってきたようで少し息を切らしている。足音にも全く気が付かなかった。
「あ……ごめん。一人のほうが良かった?」
「いや、いいんだ」
リューナは、オレの顔を見ながら隣に座った。しばらくの間、隣で月を見上げたまま、何も言わなかった。半円より少し膨らんだ月は白く、リューナの横顔を照らしている。山の樹木を通り抜けてくる夜風は、少しだけ冷たい。
「ねぇ、ルーセス。たまには二人で出掛けない?」
突然、思いついたようにリューナがこちらを向いて、ピタリと目が合う。
「リューナと?」
「そう。たまには、デートしてあげようかなって思ったのよ。アイキが、服を買ってきてくれたでしょ?」
そうだった。オレはまだ見てもいないことを思い出してギクリとした。それに気がついたみたいにリューナは頬を膨らませる。
「やだ、あんたまだ見てないの?」
「あ……ああ、すっかり忘れていた」
「……まったく。まぁ、そうだろうと思ったから、ちゃんと掛けておいた。シワになっちゃうでしょ」
城にいた頃は、アイキが勝手に買ってきて、朝になると出してくれていた。今は部屋のクローゼットに必要なものは並んでいる。オレが眠っている間に、アイキとリューナで整理してくれたのだろう。
「いろいろと……迷惑をかけているな」
「ほんと、世話の焼ける王子様には困っちゃうわ」
リューナは得意気に微笑むけれど、少し疲れた表情をしている。ふわりと風に乗って、リューナからハーブの香りがした。
「……ねぇ、ルーセス。これからどうするの?」
「そうだな……ミストーリに戻ることもできないし、結局のところ何をすればいいのか……よくわからないままだな」
「まあ、そうよね。それがわかるまでは、サラの好意に甘えていてもいいんじゃない?」
本当は、わかっているんだ。ただ、踏み出せないだけ……。
「……そうなんだろうか」
「シーナちゃんも"ルーセスさん"がお気に入りみたいだし、ジルもよくルーセスの様子を見に来てくれる。なんでこんな情けない奴がモテるのかしらね」
「……それをオレに言うのか?」
「あたしは鈍感な王子様に教えてあげているだけよ」
リューナはいたずらっぽくニッと笑うと、ひょいと立ち上がった。
「ねぇ、ルーセス。今からあたしと剣で勝負しない?」
「……リューナと?」
「そう! あたしにルーセスの剣を教えて」
リューナは両手に剣を取り出して、片方をオレに差し出した。オレは立ち上がりリューナから剣を受け取る。
「目一杯、手加減してね」
「普通は手加減無しって言うんだろ?」
「あんたとあたしじゃレベルが違い過ぎるわ」
久しぶりに剣を持った。リューナが取り出したのは、オレの普段使いの剣よりも一回り小さい。お互いに少し離れると、剣を構える。リューナが構えているのは、片手で扱う標準的な剣だ。魔法の杖なんかより、とてもよく似合っている。
「いくわよ!」
リューナは、勢い良くオレに斬りかかってきた。オレは受け身で反撃しないように気を遣う。リューナの剣はまだ素人レベルだが、最近まで魔法しか使っていなかったとは思えない動きだ。新米兵士では今のリューナには勝てないだろう。リューナの剣は鋭くて、アイキの短剣にも似ている。
だが、まだまだオレには遠く及ばない。……そうだ。そう簡単に、追いつかれてたまるものか。魔法の使えなかったオレは、剣に全てを賭してきたんだ。
隙を見て反撃すると、一気に追い詰める。
「……ひゃっ、手加減してねって言ったでしょ?!」
「オレは剣には厳しいんだ」
リューナは剣を仕舞うと、嬉しそうににっこり笑った。
「久しぶりに、その顔見れた」
「……ああ、そうだな」
返事をしながらリューナに剣を渡す。そういえばこんなに長く剣を持たなかったことは無かった気がする。
「満足したから、やっぱり二人でデートは無しでいいや」
「えっ?!」
「二人じゃなくて、アイキとルフも誘うの」
「ああ、そうか。そうだよな……それがいい。はは……」
笑いながらも、二人きりではなくなった計画に少し落胆する。
「ルーセス、ちゃんとアイキに貰った服を着るのよ」
「ああ……どれがその服だか分かるかな」
「……呆れる。無頓着にも、程があるわ」
リューナと顔を見合わせて笑った。場所は変わっても、ミストーリで過ごした日々と何も変わらずに過ぎていく時間。
……けれど、このままではいけない。光の魔法は……オレの希望なのだから。
――――――――――
それから、リューナと何でもない話をして部屋に戻った。明日からリューナに剣を教えてやる約束をした。今までに無かった新たな約束をした……そう思うと気持ちが軽くなった。明日からは、部屋にこもることなく過ごせる気がした。夢を見る前のように。
部屋の隅に置きっぱなしになっていた、オレの大剣を持ち上げる。いつも腰に下げていたことを思うと、随分と重たいし不格好だ。オレも今なら、空間魔法が使えるかもしれない。夢の中での感覚を思い出しながら、腕を曲げて傾ける。
自分の空間を意識する。その中にある剣を夢で見たように手に取ってみた。
次の瞬間、オレの手に見たこともない剣が現れた。
「この剣は……いや、これは?!」
夢の中でオレが使っていた剣――――?!
ゾッとした。夢の中で見た剣が目の前に実在するのだ。そう、やはりあの夢は事実だったのだ。本当に過去に起きたことで、オレ自身の記憶だったということだ。
空間に仕舞ったものは、時間を越える。この剣は、過去のオレの生きた証。記憶と共に
剣には文字のようなものが書かれているが、読むことは出来ない。かなり古いものなのだろう。けれど、綺麗に磨かれていて、刃こぼれひとつ無い。そうだ……オレは自分でこの剣を修復していた記憶がある。
夢に見るアイキとルフとの殺し合いも辛かったけれど、何よりもオレは、過去の自分自身が許せなかった。過去の過ちを一番憎んできたのはオレ自身だ。死んで償う程度では償えない。
オレには、目的がある。ずっと、ずっと、変わらない目的を果たすために生きてきた。同じことの繰り返しでは意味がないからだ。……そうだ。だからオレは、過去の記憶を取り戻さなければならなかった。
オレの魔法はそのために存在する。だから、そのためには、どんな手段を使ってでも光の魔法を取り戻さなくてはならない。譬え、世界中の結界を破壊し尽くすことになったとしても、世界中の星族を滅ぼしてでも。
窓の外で白く輝く月に剣を翳して魔法を使った。弱い黄金色の光が、剣をキラキラと包み込む。
「……もう、覚悟を決めよう」
夢に溺れるのはもう終わりだ。夢を、越えるんだ。
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